Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-
橙色の球体を目掛け、ナイフは陽光を反射し光の尾を引く。今は的が違うとはいえ明日の命をかけて数年間投げ続けてきたのだ。これは確実に“中る”。フェスタの勘がそう告げた。ついにその切先が柔らかな羽毛に触れる――直前。
どろり、と。
「――嘘だろ……!?」
銀の刃は文字通り跡形もなく溶けた。一瞬にして火喰鳥の身体のような色に染まり、光る液体となったそれは真下に落ちた。続いて炭化した柄であった部分も無音で屋根に落下し、黒く崩れる。
「成る程、魔獣とは……こういったものですか」
冷めて光を失い、小さな灰色の何かと化した元ナイフ。フェスタの唇から乾いた笑いが漏れる。明らかに本気ではなく威嚇の意味合いが強い攻撃だと感じてはいたが、想像以上に手加減をされていた。
「これは……治癒魔法をかけるどころか間違っても傷一つ付けられませんわよ?」
傷付けてしまうかもしれないとは杞憂もいいところで――むしろ、傲慢であったというべきか。 これは、完全に成す術がない。
「……ハールさん!?」
フェスタの瞳に急降下する火喰鳥が映る。刃と刃――ではなく、嘴と刃がぶつかり合う鋭利な音とともに火花が散った。咄嗟に受け止めたはいいが、冷たいものがハールの背筋を這う。
「――――ッ!」
重さをかけ素早く押し返し身を引く。少しでも嘴と刃が触れている時間を短くするためであったが、幸いにも刀身が溶け出すような事態には至らなかった。間合いと体勢を考えればこのまま剣を薙げたのだが、それを行えばどうなるかはフェスタのナイフが語っている。次の攻撃に備え相手の出方を窺っていると、すぐに嘴を開いた。この距離からの炎石はさすがに捌き切れない――と思ったその刹那、羽毛の周りを舞う火の麟粉が量を増し、あの距離感の掴めない鳴き声が響いた。しかし先程と明らかに違うのはその“圧”だった。まるで空間が歪んだかのような不快感が、熱風を浴びせられたかの如く全身を舐める。“圧”――いや、これは魔導士ではない自分にも感覚的に理解できる。それほどまでに濃密な魔力の放出だ。だが自身にも周りの景色にも変化は感じられず、何かが起こったようには見えない。
(……威嚇? 鳴いただけ、なんてことは――)
ハールの目が据わった瞬間。背後の気配が不自然に動いた。
「……フェスタ!?」
敵――とは言いたくはないが――を前に背を向けるなど、本来は有り得ない。それでも、振り返らずにはいられなかった。
「――っと、おい! フェスタ……!」
重力に一切抗わず、無防備に崩れ落ちる小さな身体を抱きとめる。
「フェスタ!」
傷があるわけでもなく、呼吸も感じられる。しかし、彼女の瞼がハールの呼び掛けに開くことはなかった。
どろり、と。
「――嘘だろ……!?」
銀の刃は文字通り跡形もなく溶けた。一瞬にして火喰鳥の身体のような色に染まり、光る液体となったそれは真下に落ちた。続いて炭化した柄であった部分も無音で屋根に落下し、黒く崩れる。
「成る程、魔獣とは……こういったものですか」
冷めて光を失い、小さな灰色の何かと化した元ナイフ。フェスタの唇から乾いた笑いが漏れる。明らかに本気ではなく威嚇の意味合いが強い攻撃だと感じてはいたが、想像以上に手加減をされていた。
「これは……治癒魔法をかけるどころか間違っても傷一つ付けられませんわよ?」
傷付けてしまうかもしれないとは杞憂もいいところで――むしろ、傲慢であったというべきか。 これは、完全に成す術がない。
「……ハールさん!?」
フェスタの瞳に急降下する火喰鳥が映る。刃と刃――ではなく、嘴と刃がぶつかり合う鋭利な音とともに火花が散った。咄嗟に受け止めたはいいが、冷たいものがハールの背筋を這う。
「――――ッ!」
重さをかけ素早く押し返し身を引く。少しでも嘴と刃が触れている時間を短くするためであったが、幸いにも刀身が溶け出すような事態には至らなかった。間合いと体勢を考えればこのまま剣を薙げたのだが、それを行えばどうなるかはフェスタのナイフが語っている。次の攻撃に備え相手の出方を窺っていると、すぐに嘴を開いた。この距離からの炎石はさすがに捌き切れない――と思ったその刹那、羽毛の周りを舞う火の麟粉が量を増し、あの距離感の掴めない鳴き声が響いた。しかし先程と明らかに違うのはその“圧”だった。まるで空間が歪んだかのような不快感が、熱風を浴びせられたかの如く全身を舐める。“圧”――いや、これは魔導士ではない自分にも感覚的に理解できる。それほどまでに濃密な魔力の放出だ。だが自身にも周りの景色にも変化は感じられず、何かが起こったようには見えない。
(……威嚇? 鳴いただけ、なんてことは――)
ハールの目が据わった瞬間。背後の気配が不自然に動いた。
「……フェスタ!?」
敵――とは言いたくはないが――を前に背を向けるなど、本来は有り得ない。それでも、振り返らずにはいられなかった。
「――っと、おい! フェスタ……!」
重力に一切抗わず、無防備に崩れ落ちる小さな身体を抱きとめる。
「フェスタ!」
傷があるわけでもなく、呼吸も感じられる。しかし、彼女の瞼がハールの呼び掛けに開くことはなかった。