Story.3 WHITE NOISE

「――あ、そうだ」
 フィール姉妹の家から出発して暫く経った後、唐突にハールは切り出した。
「ずっと忘れてたけど、この帽子、やっぱリセのだよな」
 彼の方を向くリセ。携帯水晶から取り出したらしくその手の中には、紅い玉が飾る、白を基調とした帽子があった。
 拾った時にすぐ返そうとはしたのだが、目覚めたばかりで不安定だった彼女が泣き出してそれどころではなかったために仕舞っておいたのだった。
「へー、それ起きたとき一緒にあったの? 服とお揃いみたいだし、リセのじゃない?」
「うん。あの時はそれどころじゃなかったけど……私のだね」
「だよな」
 歩を進めながら、ハールはその帽子をリセの頭に乗せた。リセは軽く帽子の向きを直すと、ハールの顔を覗き込む。
「……似合う?」
 ――今更だが、彼女は可愛いと形容する部類に入ることに気付いた。少し子供っぽい顔立ちが、その身を包む純白の衣服に映えている。不思議な銀髪が、あどけなさの残る笑顔を縁取った。
「……あぁ」
「あはっ、誉められたー」
 くるくると変わる表情。透き通るような、文字通り透明と表すに相応しい声。
 たった一言の、社交辞令ととってもいいような――いや、実際のところそうではないのだが――何気無い返事を純粋に受け入れ、素直に喜べるリセが、どこか羨ましかった。
「早く行こう?」
 軽い足取りで、リセはハールの一歩前に行き、前方をその白い指で指し示す。
「そんなに急がなくても……」
「だって、早く色んなもの見てみたい! そうしたら……何か思い出すかも」
 金の瞳に遊んでいる子供のような光を躍らせて、リセは手招きする。その行動は、昨晩のハールの言葉の延長線あった。
「……ちょっと待てって、転ぶぞ!」
「大丈夫だよー」
「いや、何かお前なら転びそうな気がする」
「えっ、何それ失礼な! ……わっ」

 三人の後ろ姿は、柔らかい光に消えていく。外で待つ、美しく、醜く、優しく、そして残酷な世界で待っているものは、何なのか。
 もし、本当に居るのであれば――――それは、神のみぞ、知る。

「あっ、ハール君、リセ転んだ!」
「あーもう!」

 
 ――――確かに、自分の「種」は蕾なんておろか、芽も出ていない。もしかしたら、これからもそれは、永久に咲かないかもしれない。

 脳裏に月光を纏った少女の姿が浮かんで、消えた。

 だけど、

 新しい何かが、芽吹きそうな気がする。純白の、光を浴びて。それは思い過ごしだろうか。


 茂みの向こうには、『過去』を変える『何か』は転がっていなかったけれど―――― 
 今を変える『種』は、見つけた気がする。
            

 あの時餞別に贈られた言葉が、本当になればいいと思った。


 ――――「貴男の『キセキ』も、いつか芽吹きますように」



To the next story……


originalUP:2007
remakeUP:2012.7.31
9/9ページ
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