Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-

「ふふ、とりあえずは雨漏りの原因を直すのに専念いたしましょう。気分転換という意味かもしれませんし」
 不器用な励ましに免じて、ハールをからかい返すのはこのくらいで止めておこう。フェスタは改めて辺りを見回す。アリエタと同じ軽快な暖色の煉瓦屋根。端の方は多少傾斜があるが、三角屋根ではなく平らなので作業はしやすそうだ。その上には煌めく蒼海が広がりコントラストが目に鮮やかなのであろうが、生憎目深く被ったフードで見えない。そして足元の煉瓦は此処彼処が割れて穴が空いていた。まるで、尖った金属――そう、鉱夫が使っているアレで思い切り抉られたかのように。
「……煉瓦って、こんな風に割れるものでしょうか?」
「いや……」
 硬いはずの煉瓦は割れ、剥がれ、これでは雨漏りするのも当然である。しかしとても自然になったとは思えない状態だ。仮になったとしても経年劣化が激しくなってからだろう。たった数日前に敷き直した煉瓦に起こる現象ではない。

 ――その時、鳥の鳴き声がした。

 海鳥や鷹のそれとは違う。強いていうのならば後者に似ているが、遠くから聞こえてくるのか近くから聞こえているのか掴みきれぬ独特の響きであった。と、その直後。声とともにちらちらと光る赤い何かが降ってきた。その軌跡を辿るようにフェスタは空を見上げる。
「あれは……」
 見渡す限りの青に、異質な橙。胴体に釣り合っていない大きな翼を広げた一羽の鳥が、“火の粉”を散らせながら舞っていた。それは段々と降下し、細かい姿形まで視認できるようになった――その時、ハールが瞠目し声を上げる。
「――火喰鳥! え、マジで本物……!?」
「ただの鳥、ではないですわよね……魔獣というものですか?」

 第一印象、まるっこい。

 次に、もっふもふ。

 最後に、その身体に何故そんな凶悪な嘴つけた?

 自らの体躯より大きく鋭利な凶器と円らな瞳はあまりに不似合いだが、それを差し引いても一言で言えば――可愛らしい。フェスタは初めて目にする生物を見つめながら、アリエタの土産物屋にでも人形を置いておけば売り切れ必須だろうなどと考えていた。
「ああ、名前の通り火が主食の魔獣らしい。子供のころ図鑑で見たことあってさ、昔いたところが夜寒くて――本当に寒くて、高温の魔力を体内に溜めているって知ってからは抱いて寝たら温かいのかってずっと考えたり――」
「……動物とかお好きなんです?」
「え、あ……まあ……。その、何て言うか、住んでた場所のせいで見る機会がなかったから、逆に」
 やや気まずそうに言葉を濁すが、彼が珍しく饒舌である。これは静かにだが確実に高揚していると見受けられた。
「面白い生態しててさ、火そのもの以外……火の気配がするものも食べるって読んだな。灰とか炭とか、焼いて日の浅い煉瓦――――」
 そこまで言い、口を噤む。もっふもふのまるっこい鳥が、まるで“威嚇しているかのように”大きく翼を広げ――
「……もしかして私たち、餌場を荒らしに来たように見えてます?」
「見えて…………るなこれは!?」
 青空に魔力を帯びた火塊が散った。これはもはや粉という程度ではない。落ち着いて対応すれば避けきれる速度ではあるが、直撃すればただではすまないだろう。工具諸々を放り出し、二人はほぼ同時に走りだして転がり込むように煙突の影に隠れた。
「えええ……あれと戦うのパス…………」
「ちょっと!?」
 フェスタの抗議にハールは煙突に背を預けたまま、嫌々といった風に携帯水晶へ触れる。剣を顕現させたものの、それでどうこうする気も起きない上にどうこうする方法も思い付かない。何しろ上空の相手に立ち向かう手段が自分には皆無なのだ。
「何でこういう時に限ってアイツいねぇんだよ……」
 思わず友人を求める声が漏れる。彼だったら傷付けずに魔獣の動きを止めることもできるだろうし、火に対して防御魔法も展開できる。しかし下に助けを呼びに行こうにも、この宿にいる者すべてが戦えるわけではない。下に声をかけたり降りたりして火喰鳥の注意が武器を持たない商人や旅人に向けばそれこそ一大事だ。そう考えると、自分たちがこの場から逃げるのは上策ではない。ある意味この仕事を請け負ったのが一応戦いの心得がある者であったのが不幸中の何とやらか。
「確実に怒っていますわね、あれ……」
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