Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-
「おーい、大丈夫かー! 落ちるなよー!」
「大丈夫ですよー」
昨夜の雨雲は彼方へ。澄み渡った青空にマレクの声が響いた。一階の軒から延びる梯子は宿の天辺――二階屋根へと掛けられている。その上部で、ハールは二階の窓から顔を出しているマレクに返事をした。フェスタは梯子の下からハールに工具や板を渡し、彼がそれを屋根の上に置き自身も登ったのを確認すると、自らも足を掛ける。
「じゃあ任せたぞー! 俺はレティ……ラウレッタの様子見てくるからな。結構酷そうだし焦らなくていい。そうだな――夕方くらいまではかけても構わないぞ。むしろかけてくれ。請け負ったからには丁寧にな!」
「はい、いってらっしゃいませ」
そう残して引っ込むマレク。フェスタは彼が消えたあとも窓をぼうっと見つめる。修理をすることにもそれを手伝うことにも異論はないが、ただ、歌の練習はどうするのだろうか。屋根の修理に歌が関係あるとは思えない。――やはり匙を投げられたのだろうか、と。そんな考えと『その舞踏は赤き星々とともに』を聴いた時のマレクの表情だけで頭がいっぱいになる。
「……どうした? もしかして高いところ苦手だったり――」
「あ、いえ! 大丈夫です。すぐに参りますわ」
「だよな、お前この前窓から飛び降りてたもんな」
とりあえずは、任された仕事をこなすべきだ。暗い気持ちを振り払うように一つ深呼吸をすると改めて梯子を登り始める。高いところにさほど恐怖はないが、海の上というだけあって風が強い。潮風を孕む外套に身体を持っていかれないよう梯子を握る手に力を込めた。
「ほら、裾踏まないように気を付けろよ」
あとは屋根に登るだけというところで差し出される手。抜けるような青空に逆光。彼の顔に影がかかるが、暗さがその顔立ちの端正さまで陰らせることはなかった。今更だが、とても整っていると思う。人の美醜に興味はないが、そんな自分でもこれは好みに関わらずそう判断してもいい部類だと判った。他の三人もリセの髪色を筆頭としてそれなりに目を引く見た目をしているが、端麗な容姿を売りにした高名な歌手や芸人とはさすがに違う。だが、彼はどちらかと言えばそれに近いと言ってもいいのではないだろうか。
「……勿体無い」
「え?」
「いえ、何でもありません。どうも」