Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-

 マレクが振り返る。壁際に置かれた椅子に所在無げに座っていた少年は突然投げかけられた問いに目を丸くした。
「間抜けな声ですこと……」
「この流れでこっちに話振られると思ってなかったんだから仕方ないだろ! って言うか、いやオレ音楽とか本当に解らないですよ」
 少年、ハールは困った顔でそう返す。知り合ったばかりの人間のなかに――自分たちもそうだということは一旦置いておいて――事情があるとはいえフェスタ一人だけを放り込むわけにもいかず、とりあえず一番馴染んでいると言えなくもないハールが付き添ってきたのだった。彼女に危害が及ぶような何かがあれば相応の対応ができるという人選でもあり、ある意味、先日アリエタの酒場でフェスタが彼を用心棒だと嘯いたのがこんな形で本当になったと言えるかもしれない。しかし旅団の人柄を見る限り有事の可能性はほぼないに等しいので、実質、本当にただの付き添いである。
「解る奴だけじゃ思い付かないもんってのもあるだろ。解らない奴の意見が聞きてぇんだ」
 そうは言われても好きか嫌いかの二択で答えろと言われれば前者になるのだろうが、あくまで嫌いではない、程度である。
「えぇ……」
 今まで触れるどころか掠りもせずにきた分野すぎて、解かる解からない以前の問題だ。思わず困惑の声が漏れるが、それでも一同の視線はハールに注がれたままだ。観念してもう少し悩むことにする。音楽以外なら誰かに何かを教わったという経験は自分にもある。その最たるものは――やはり腰に下がっている携帯水晶に納まっているものだろう。当時の記憶を少しだけ引っ張り出す。どういう教え方をされていただろう。厳しくはなかった。怒られた記憶もない。自分にこれを教えた者は、努力もしただろうがそれ以上に天性のものを持っていた。才ある者が特に秀でていたわけでもない自分に教えるのは感覚や物事の捉え方の差異が大きく、難しかったのではないかと今なら思う。それでも、根気強く、助言は的確に、無理はさせずに、真摯であった。剣に対しても、自身に対しても、自分に対しても。
「……」
 その点においては、旅団の面子も不足はないと言えるだろう。ならばもっと簡単に考えるべきか。自分に剣を教えた者と、旅団に何か違うところがあるとしたら――
「あー……じゃあ一人ずつ教えるってのはどうですか」
 単純に、人数だと思った。マレクは当然としてラウレッタも無理を押して口を出してくるかもしれないし、残りの二人も公演をともにするのであれば関わってこないわけはない。剣の修練は常に一対一でしていたが、複数人の教えが同時に降りかかってくるとしたら、自分ならばとてもやりづらいと思った。
「二人きりってのも緊張すると思うんで、オレらからも付き添いで一人付けるってことで」
 苦し紛れに聞こえただろうかと恐る恐るマレクに目を向けるハール。が、マレクは彼の心配を余所に破顔した。
「お、いいじゃねぇか! 確かに全員で寄ってたかってあれこれ言うんじゃ飲み込めるものも飲み込めんわな」
 あまりにあっさりと採用されてしまったので安堵以上に拍子抜けしてしまったが、気に入ってもらえたなら何よりではある。当のフェスタはどうだろうかと横目で窺う。
「飲み込むって言っても別にお前さんに合わないと思ったら吐いちまってもいい。ただ、どうして合わないのかをきちんと考えてな。俺らは同じ曲を弾くがやり方はそれぞれ違う。そいつと向き合ってみてほしい」
 が、その唇を引き結んだ横顔から内心を読み取る術はなかった。
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