Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-
柔らかく伸びやかな声が階段を織り上げてゆく。フェスタは戸惑いながらもそれを登っていった。一段、一段とその色が高いものに変わる。中ほどまでくると、母はフェスタと繋いだ手を揺らして目を細めた。まるで、花降る陽向を歌いながら散歩しているように。つられて娘の目に、口元に、温度が宿る。――いつの間にか、そこは音の頂上だった。それに気付いた瞬間、まるで四季の花をすべて集めた花束をもらったかのような、天の星がその手に降りてきたかのような――そういった表情を少女は珍しく浮かべていたのだった。
「おかあさま、」
フェスタがそんな顔を見せるなり、母は頬を千年樹の花びらの如く染め上げる。
「ええ、ええ! とっても綺麗だったわ! ご主人様も褒めてくださるくらい――……あ、いえ、」
彼女はフェスタと違い、ある程度の歳になってから上流階級の言葉遣いや発音に触れたため、気を抜くと時折素の口調を垣間見せた。慌てているときや嬉しかったときや――永遠の眠りの間際などに。高揚し思わず娘には不要な人物名を出してしまった自分にはっとし言葉を切る。そしてフェスタの両肩にそっと手を添えた。
「……貴女が娘であることを本当に誇らしく、そして嬉しく思います。私が持てるものはごくわずかではありますが、そのすべてを貴女へ贈りましょう」
そう微笑みながら夕陽に照らされる母は、まるで音楽の女神のようだった。神様については見たこともなければ偉いと思ったこともないが、自然と、皆が敬う女神というのはこういうものなのだろうかと感じた。
「フェスタ、音楽に真摯であろうとするのなら、音以外のところにこそ目を向けてくださいな」
その言葉が理解できずに首を傾げるフェスタ。
「手って、音に関係があるでしょうか」
そして、そんな答えの分かりきった質問をなぜするのだろうか、と書いてある顔を横に振る。
「ふふ、そうですわね。でもフェスタは、先程私と手を繋いだら今まで出せなかった音まで届きました。それは何故だと思いますか?」
もう一度首を傾げる。しばらく経ってもフェスタの口から答えが出る気配はなかったので、彼女は肩から両手を離すと再び我が子と手を絡める。
「こうしていて、フェスタがどう感じているかです」
困惑からわずかに表情が動くものの、上手く言葉にできないのか、未だ言葉にできるほど輪郭を帯びていないのか、それとも、認識できていないだけなのか――。母親はそのうちの一つを信じ、微笑む。
「それが大切なのです」
娘がきっと“それ”に気付くのは、自らがいなくなったあとなのだろうと思いながら。恐らく、“それ”を実感するには、世界はこの小さな女の子に対して冷たすぎるのだ。同じ年齢の子供に比べれば、あまりに物分かりがよすぎるし、表情の変化も乏しい。人間に生まれていたならば、違ったかもしれない。それでも彼女は、彼女のまま生きていかなくてはならない。
「――愛しいフェスタ」
いつか彼女が彼女自身で“それ”に気付き、理解できる未来を想い描きながら。祈るように、絡めた手に力を込める。
「どうか……どうか、離れていても手を繋げる方と、いつか貴女も出逢ってくださいな」
「おかあさま、――――」
――母は、哀しげな瞳であの時何を望んでいたのだろうか。そして、“それ”とは何だったのだろうか?
「おかあさま、」
フェスタがそんな顔を見せるなり、母は頬を千年樹の花びらの如く染め上げる。
「ええ、ええ! とっても綺麗だったわ! ご主人様も褒めてくださるくらい――……あ、いえ、」
彼女はフェスタと違い、ある程度の歳になってから上流階級の言葉遣いや発音に触れたため、気を抜くと時折素の口調を垣間見せた。慌てているときや嬉しかったときや――永遠の眠りの間際などに。高揚し思わず娘には不要な人物名を出してしまった自分にはっとし言葉を切る。そしてフェスタの両肩にそっと手を添えた。
「……貴女が娘であることを本当に誇らしく、そして嬉しく思います。私が持てるものはごくわずかではありますが、そのすべてを貴女へ贈りましょう」
そう微笑みながら夕陽に照らされる母は、まるで音楽の女神のようだった。神様については見たこともなければ偉いと思ったこともないが、自然と、皆が敬う女神というのはこういうものなのだろうかと感じた。
「フェスタ、音楽に真摯であろうとするのなら、音以外のところにこそ目を向けてくださいな」
その言葉が理解できずに首を傾げるフェスタ。
「手って、音に関係があるでしょうか」
そして、そんな答えの分かりきった質問をなぜするのだろうか、と書いてある顔を横に振る。
「ふふ、そうですわね。でもフェスタは、先程私と手を繋いだら今まで出せなかった音まで届きました。それは何故だと思いますか?」
もう一度首を傾げる。しばらく経ってもフェスタの口から答えが出る気配はなかったので、彼女は肩から両手を離すと再び我が子と手を絡める。
「こうしていて、フェスタがどう感じているかです」
困惑からわずかに表情が動くものの、上手く言葉にできないのか、未だ言葉にできるほど輪郭を帯びていないのか、それとも、認識できていないだけなのか――。母親はそのうちの一つを信じ、微笑む。
「それが大切なのです」
娘がきっと“それ”に気付くのは、自らがいなくなったあとなのだろうと思いながら。恐らく、“それ”を実感するには、世界はこの小さな女の子に対して冷たすぎるのだ。同じ年齢の子供に比べれば、あまりに物分かりがよすぎるし、表情の変化も乏しい。人間に生まれていたならば、違ったかもしれない。それでも彼女は、彼女のまま生きていかなくてはならない。
「――愛しいフェスタ」
いつか彼女が彼女自身で“それ”に気付き、理解できる未来を想い描きながら。祈るように、絡めた手に力を込める。
「どうか……どうか、離れていても手を繋げる方と、いつか貴女も出逢ってくださいな」
「おかあさま、――――」
――母は、哀しげな瞳であの時何を望んでいたのだろうか。そして、“それ”とは何だったのだろうか?