Story.16 きざはしの歌 -1/2の景色-




 母から歌を教えられていたころ、当然楽器なんてなかった。世界の音楽のすべては母の声だったのだ。そんな、まだ幼かった或る日を思い起こす。
 宵の闇が迫る、夕陽が最後の輝きを見せる時刻。もうすぐ夜がやってくる。そうすれば眠る時間だ。魔光灯なんていうものは家にはないし、ランプや蝋燭も無駄遣いはできない。ゆえに、窓から差し込む光が絶えればそれで今日はおしまい。そんな“今日が死ぬ”前の時間、母は娘に自らが持てる知識と技術を毎日少しずつ注いでいた。現在のフェスタと同じ程度の体躯。肩口までの同じ青色の髪。違う鳶色の瞳。物置のような小屋に見合わぬ澄んだ声が、薄暗く砂っぽい空気を震わせる。小さな少女は、彼女が編む音の階段をふらつきながら必死に駆け登る。何とか頂上に辿り着きはしたが、あくまで何とかという程度であって安定感や美しさといったものとは程遠かった。
「よく頑張りましたね、素晴らしいですわ。でも、フェスタはきっともっと素敵にできるようになります」
 優しい微笑み。小さな手のひらが、小さな頭を撫でる。
「フェスタは今、ひとりで頑張ろうとしていましたでしょう?」
「むう?」
 それはそうだろう、と眉間に皺を寄せるフェスタ。一人も何も、自分の声を出せるのは自分しかいない。母親は我が子の愛らしい仕草に頬を緩めて続けた。
「……そうですわね、お母様とお手々を繋ぎましょう」
「おてて?」
 両の指をいっぱいに広げ見つめると、今度はぎゅっと母の手を握る。少し力を入れれば折れてしまいそうで、まるで小枝のようだ。この年頃の子供にしては細すぎるそれに対し、彼女はただ申し訳なさそうに微笑を浮かべることしかできなかった。
「ふふ、そのままの意味ではなかったのですが……確かに、こうした方が解りやすいかもしれません」
 そう言いながら、フェスタの指と自分の指を絡める。
「このままもう一回しましょうか」
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