Story.15 きざはしの歌 -暁との邂逅-
「もう、紛らわしいですわね。 驚かせないでくださいませ」
「すみません」
「お騒がせしました….あの、イズム君は私に付き合ってくれただけだから、怒らないであげて……」
二人は宿に戻ってくると、廊下で待ち構えていたフェスタに捕まり事情を説明した。それを聞いた彼女は、酷く安心した様子で息を吐いたのだった。
「別に怒っていませんけど。まったく、ちょっと風が出てきたものですから外の様子を見ようと思って……風なんてどうでもよくなりましたわ」
「ごめーん……」
苦笑いするリセ。“苦”ではなく“笑”の比率を高くするとまた怒られそうなので抑えたが、何だかんだ気にかけてくれたのだと思うと嬉しくなってしまう。破顔するのをこらえつつ、イズムに向き直る。
「イズム君、今夜はありがとう。色々わかったよ……加減って、相手より強いくらいじゃないと難しいんだね」
「そうですねぇ……一概にそうとは言えないですけど、まあ、先ほど体感していただいた通りということで」
“傷付けずに戦う”ということは、魔力の出力以外にも様々な要素が絡むということを身をもって知った。いざ実戦してみれば、攻撃してこない相手でさえ今の自分には加減をするなどという余裕はほぼないに等しかった。確かに、制御の練習をしているだけでそれができるようになるとは思えない。
「イズム君、これからもこうやって練習付き合ってくれると嬉しいですっ」
言うと、リセは髪が床に着くほど深々と頭を下げた。
「ええ、僕でよろしければ」
「あと、イズム君避けるか防ぐかしかしないって言ったのに縛った……」
「あはは、防ぐに入りません?」
「ふお……」
「すみません、楽しくなってきちゃって」
ふあ、と欠伸をするリセ。緊張が解けて疲れが出たのだろう。イズムが部屋に戻るよう促すと、彼女は就寝の挨拶と共に軽く手を振ってドアの向こうへと消えた。そのドアが閉まる音、それとほぼ同時。
「紛らわしいって……何と紛らわしいと思ったんですか?」
リセを見送ったイズムは振り返る。
「もう聞いたんですね」
目を見開くフェスタ。思わず出てしまった些細な言葉からそれを見抜くとは。そうだ、その通りだ。二人が対峙しているのを見て、もしやフレイアから聞いた状態になっているのではないかと焦ったのだ。
「……はい。リセさんがとても不安定な方だということは解りましたわ。その――……えぇと、」
表現を選び、迷う。
「……“いざという時”のことを考えれば、リセさんに手解きをするのは悪手なのでは」
自身の口から出た言葉の意味を考えると、酷く正しく、冷たいと思う。しかし彼ならばそのくらいのことを理解していないはずはないだろう。その真意を図りかね、フェスタは黒い瞳を見つめる。イズムは一つ小さな息をつき、目を伏せた。
「その時に、そうでない時の影響が出るのか出ないのか分からないですけど……もし出るのであれば」
ゆっくりと、彼女を見据えて。
「僕が教えたように動いてくれたらやりやすいじゃないですか」
――ぞくり、と。
その眼差しにあてられた瞬間、背に氷の芯が差し込まれたかと錯覚する。
「互いに益がある、イイ感じの妥協点だと思いませんか」
彼の言っていることは間違っていない。彼女の魔力顕現の際の動作を覚えていれば攻撃の瞬間は手に取るようにわかる。仕掛けてくるタイミングや身のこなしも何度か立ち合っていれば慣れてくる。
この習練はリセにとってのものだけに非ず。イズムにとってもまた、そうであるのだ。
――いつか、彼女と本気で戦う日のために。
「そ、れは…………」
「……と、まぁ、そういうコトにしておいてください」
震える唇は、彼の“その表情”を目にした瞬間閉ざされた。
「――――……」
人とはーーなんと矛盾を抱えた生き物か。
To the next story…
UP: 2019.12.30