Story.15 きざはしの歌 -暁との邂逅-



「つ……かれましたわ…………」
 フェスタは昼食後すぐに暁の旅団の元へ“練習”に向かったが、帰ってきたのは既に空が暗くなってからであった。外套を着こんだフェスタはフレイアが開けたドアをふらふらとした足取りで抜けると、靴を脱ぎ捨てベッドへとうつ伏せに倒れ込む。鍵をかけ直すと、フレイアもフェスタが力尽きているベッドへ腰を下ろした。
「お疲れー! ねぇねぇどんな練習したの?」
 うつ伏せだと外套に身体の殆どが隠れてしまい、それだけがベッドに放られているように見えなくもない。彼女の小柄さを改めて感じながら、苦しかろうとフレイアは頭をすっぽり覆ったフードを上げてやる。
「今は疲れているので……また後程お話します」
 特に抵抗することもなく倒れたまま籠った声でそういうと、少しだけ顔を上げて彼女を見遣るフェスタ。
「フレイアさんに印象が違うと言ったばかりですが、戻りそうです」
「最初どういう印象だったの」
「社交的な押し付けがましさ……」
「なにそれー! あ、夕飯食べた?」
「はい、向こうの部屋で……」
 言いながら緩慢な動作で起き上がる。すると、枕の上に古びた一冊の本が置かれていることに気付いた。
「読書されていたのですか」
「あっ、……うん、まぁねー? ……あー、
今意外とか思ったでしょー?」
 自分が来るまで寝転がって読んでいたのであろう。置きっぱなしにしていたのを忘れていたのか、珍しくほんの少しだけ動揺したような素振りを見せるフレイア。明らかに取り繕っているのだが、特に見られてまずいようなものには見えない。
「いえ……」
 今の否定は本心だった。聡明と言っても差し支えない語りをするような人間が読書をしていたとしても何ら不思議はない。しかし、その本の題は意外なものであった。
「“アルフレーヤの冒険”……?」
「あー……うん、そうそう」
 有名な童話だ。幼い頃母に聞かせてもらったのを覚えているが、それきり触れることはなかったので主人公の設定やその冒険の内容も大部分は忘れてしまった。ただ、弓使いの青年の話だということだけは何となく覚えている。
「フレイアさんは、物語がお好きなんですか」
「好き……」
 驚いたように、僅かに目を見開くフレイア。本は閉じられているものの栞が挟まれている様子はなく、読みかけということではないようだ。もしくは、どこから読んでもどこで切っても問題のない程度には、読み込んだということか。
「……もう弓矢とか生活用品が入ってるからそんなに携帯水晶の容量はないんだけどさ、家出るとき何持っていこうかなーって考えて、咄嗟に出てきたのがこれだった」
 元は美しい赤だったと思われる色褪せた表紙。フレイアは、まるで寝ている子猫か子犬にでもするようにそれを軽く撫でる。
「そうやって出てくるってことはやっぱり……うん、そうだね。好きなんだと思う」
 顔を上げ、やや困ったように微笑む。自分の中で整理しながら言葉を紡いでいくその様子は、昨夜の迷いのない語り口とはうって変わって、彼女を年相応の少女に感じさせた。印象が変わって、戻って、また変わって。人は表裏だけでは在り切れない多面体だ。その一面だけを見て解った気になるのはあまりに愚かではあるが――……そこまで考えて彼が頭を過る。
 ――自分は、彼の、どの部分まで見えていたのだろうか。
「本が好きって言うより、フェスタが言ったように物語が好きなんだ。あるところにお姫様がいました。昔々、貧乏だけれど心の優しい少年がいました。で始まって、悪い竜は倒されみんなで幸せに暮らしました。めでたしめでたしで終わるような、そういう物語」
 一瞬の思考に気をとられてしまった。今は、目の前でゆっくりと語りかけてくれる少女の声に耳を傾けるのが良いだろう。
「そのなかでもねぇ、特にこれが好きなんだぁ……子供っぽいでしょ。恥ずかしいから、みんなには内緒ね」
 フレイアはそう微笑んで、その唇に人差し指を軽く触れた。
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