Story.15 きざはしの歌 -暁との邂逅-
『いいじゃない、やってみなさいよ』
「……失礼致します」
額に汗を浮かべながら、それでも薄く笑って見せるラウレッタ。フェスタは一言断ると、楽譜を手早く確認していく。紫の瞳を左から右へと少し動かしては紙をめくり、めくり――
「……『エルフの森深く』を」
「ほうバジオールか。通な選曲じゃねぇか」
『味気ない選曲の間違いでしょ。バジオールなら、もっと有名で盛り上がるのがあるじゃない』
「私は好きだよ、普段お客さんの前でやらないから嬉しいな。今用意するね」
「お仲間さんも聴いていくかい?」
そう言い、荷物のなかから楽器を取り出しつつ四人を振り返るマレク。一応着いてきてはいたものの完全に会話の外であり壁と同化していたリセ、ハール、フレイア、イズムは突然話を振られ言葉に詰まる。
「あー、いや、オレ達は――」
これからどう話が転ぶかは分からないが、ここで歌うことは確定のようだ。旅の仲間とはいえ、昨日今日の話である。彼女だってこんな大勢の前で歌うのは初めてのはずだ。なら、少しでもそれを少なくして負担を減らしてやらねばない。
「あっ、うん! 私たちは部屋に戻ってるから、終わったら……」
「いえ、」
小さく、だが、はっきりとした声。
「……その、構いません、そのままで」
フードの下の紫が、少しだけ、ほんの少し揺れてーー四人を真っ直ぐに見つめた。
「伴奏に合わせるの、初めてで……」
確かに、初めてのことをするのにほぼ初対面の別種族と残されるのは不安だろう。その不安と、人数は多くなるが知人が混ざっているという状況を比べるなら、まだ後者がいいに違いない。
「了解! 聴かせて、フェスタ」
フレイアがひらひらと片手を振る。フェスタは細く長く息を吐き、瞼を閉じる。
「大丈夫、別に楽団の試験じゃないんだ」
「気楽にやってくださいね!」
『あら、譜面見ながらやらせるの?』
「レティ、さすがにそれはいいんじゃ……」
『レティって呼ばないでって言ってるでしょ!』
「ご、ごめん……」
そして、長い長い瞬きは終わる。
「準備はいいか?」
ぽろん、と。ひとしずく、音が跳ねた。
それを誘い水とするように、それぞれの弦の上に音が湧き、流れ出す。
重なってゆく音はやがて輪郭を帯び、“曲”を形づくる。
昨夜のそれは、真新しい藁の香りを彷彿とさせるようなどこか暖かく懐かしいものであった。しかし、奏者の力量がそうさせるのか今は本当に同じ楽器を使っているのかと驚くほどに表情が違う。
それは、冷たい黒の森だ。
それは、蒼くささやく夜の風だ。
それは、白銀の矢のごとき月光だ。
そしてその情景を束ねるのは――
「……はい」
「……失礼致します」
額に汗を浮かべながら、それでも薄く笑って見せるラウレッタ。フェスタは一言断ると、楽譜を手早く確認していく。紫の瞳を左から右へと少し動かしては紙をめくり、めくり――
「……『エルフの森深く』を」
「ほうバジオールか。通な選曲じゃねぇか」
『味気ない選曲の間違いでしょ。バジオールなら、もっと有名で盛り上がるのがあるじゃない』
「私は好きだよ、普段お客さんの前でやらないから嬉しいな。今用意するね」
「お仲間さんも聴いていくかい?」
そう言い、荷物のなかから楽器を取り出しつつ四人を振り返るマレク。一応着いてきてはいたものの完全に会話の外であり壁と同化していたリセ、ハール、フレイア、イズムは突然話を振られ言葉に詰まる。
「あー、いや、オレ達は――」
これからどう話が転ぶかは分からないが、ここで歌うことは確定のようだ。旅の仲間とはいえ、昨日今日の話である。彼女だってこんな大勢の前で歌うのは初めてのはずだ。なら、少しでもそれを少なくして負担を減らしてやらねばない。
「あっ、うん! 私たちは部屋に戻ってるから、終わったら……」
「いえ、」
小さく、だが、はっきりとした声。
「……その、構いません、そのままで」
フードの下の紫が、少しだけ、ほんの少し揺れてーー四人を真っ直ぐに見つめた。
「伴奏に合わせるの、初めてで……」
確かに、初めてのことをするのにほぼ初対面の別種族と残されるのは不安だろう。その不安と、人数は多くなるが知人が混ざっているという状況を比べるなら、まだ後者がいいに違いない。
「了解! 聴かせて、フェスタ」
フレイアがひらひらと片手を振る。フェスタは細く長く息を吐き、瞼を閉じる。
「大丈夫、別に楽団の試験じゃないんだ」
「気楽にやってくださいね!」
『あら、譜面見ながらやらせるの?』
「レティ、さすがにそれはいいんじゃ……」
『レティって呼ばないでって言ってるでしょ!』
「ご、ごめん……」
そして、長い長い瞬きは終わる。
「準備はいいか?」
ぽろん、と。ひとしずく、音が跳ねた。
それを誘い水とするように、それぞれの弦の上に音が湧き、流れ出す。
重なってゆく音はやがて輪郭を帯び、“曲”を形づくる。
昨夜のそれは、真新しい藁の香りを彷彿とさせるようなどこか暖かく懐かしいものであった。しかし、奏者の力量がそうさせるのか今は本当に同じ楽器を使っているのかと驚くほどに表情が違う。
それは、冷たい黒の森だ。
それは、蒼くささやく夜の風だ。
それは、白銀の矢のごとき月光だ。
そしてその情景を束ねるのは――
「……はい」