Story.15 きざはしの歌 -暁との邂逅-
『却下よ』
その顔は熱く怠い身体の持てる力全てを振り絞ってそう語っていた。ベッドに横たわった赤髪の少女――ラウレッタは枕元に椅子を置き座っていたハンスに、紙とペンを寄越せとせっつく。
『アデーラ正気? 貴方たちの演奏に合わせたこともないばかりか、昨日初めて聴いたような素人よ?』
『暁の旅団』の臨時歌い手をやっていただけませんか――それが、先程アデーラの口から出た言葉だった。フェスタは全くと言っていいほど乗り気ではなかったが、周りの勧め――主にリセとフレイアに圧され、とりあえず五人は旅団の部屋まで足を運んだのであった。
「でもラウレッタ、楽譜を読める上に符だけで曲名を当てられるような知識の人が素人だなんて思えないよ……あの、フェスタさん、どなたかに師事していらしたのですか?」
「私は別に……ラウレッタさんが書かれた通りただの素人ですわ。強いていうなら母はきちんと教育を受けた歌手でしたが」
「ならお母様に師事していたということですね」
血縁が素人でないのが面白くないのか、ラウレッタはあからさまに眉を寄せる。対して、アデーラは微笑んで両手を合わせた。
「いいじゃねぇかラウレッタ。お前に後輩ができるってんだ」
『要らないわ、そんなの! 親方はアタシの代わりが欲しいって言うの?』
「そういう訳じゃねぇさ。我らが歌姫は歌うだけでなく人に教えるのも上手いとくれば、旅団の格が上がるってもんだろ?」
『それは、そうかもしれないけど……でも、教えるにしたって相手が相手じゃない!』
大きさのわりに人数の多い部屋に、マレクの声と乱暴にペンを走らせる音が交互に響く。
『この三日間で絶対に、絶対に治すわ! 私出来るわ、このくらいで歌うことを投げ出すなんて――』
そこまで書いたところで肺の中身どころか他の臓物まで吐き出そうとでもするような咳をし、筆は止まる。
「今回は諦めろ、その様子じゃどう考えても無理だ。自分が一番解ってるだろ」
熱で潤んだ目で怒りを露に必死に抗議するラウレッタを見兼ねたのか、ハンスがやんわりと助け船を出す。
「……親方、俺もあまり乗り気じゃないよ。ええと、フェスタ……さん? にも無理にやらせるのは悪いし。ラウレッタができないにしても、他の人を立てるのはちょっと……」
『そうよ。彼女だって嫌そうじゃない。きっと歌えば彼女のお師匠様の顔に泥を塗ることになるわ』
「――――……」
フェスタのもう一つの耳が、フードの下でぴくりと震えた。無であるはずのその表情に何かを思ったのか、マレクは赤い皮膚を突っ張っらせて片方の口角を吊り上げる。そして部屋の端に積まれた荷物から何かを取り出してきた。
「この中に歌えそうなのはあるか?」
ばさり、とテーブル中に広げられた楽譜。フェスタがその意図を理解すると同時に、まさにその一言が彼の口から発せられた。
「一曲演ってもらう」
思わず、唾を飲み込む。