Story.15 きざはしの歌 -暁との邂逅-
翌朝。リセ、フレイア、フェスタの三人は戸を叩く音で目が覚めた。一番扉に近い場所で寝ていたフレイアは三人ぎゅう詰めのベッドから降りる。
「はーい?」
ドアノブに手をかけるが念のためすぐに開けることはない。宿の中とはいえ、どんな輩が宿泊しているかはわかったものではない。部屋以外の場所は外と同じ意識でいるべきだ。危ういところがあるパーティだと思っていたが、彼女の様子からして最低限の自衛はしているようだとフェスタは安堵する。ふとノブにかけられたフレイアの手を見ると、携帯水晶のグローブをしていた。あのまま寝ていたのだろうか。寝巻きにはかなり不似合いに見えたが、貴重品は肌身離さずいるのが一番だろう。
「あの、お休みのところ大変失礼致します。昨夜演奏させていただいた旅芸人のアデーラと申します」
やや低く柔らかな声。完全に予想外の訪問者に後からやってきたリセ、フェスタと顔を見合わせた。
「つかぬことをお伺いいたしますが、そちらに薬師さまか……病に詳しい方はいらっしゃいませんか」
「どなたかご病気ですか?」
扉を開けないまま話すフレイアだったが、リセにちょいちょいと腕を軽くつつかれた。彼女は仕方ないと肩を竦める仕草をすると、フェスタが外套を被ったのを確認してから鍵を開ける。そこには先程の落ち着いた声とは裏腹に、焦りが滲む表情のアデーラが立っていた。
「実は、私共の歌い手が昨夜の雨で熱を出してしまいまして……」
「それはお気の毒に。ですが私たちにも医学に覚えのある者は……お力になれず申し訳ありません」
アデーラの口調が丁寧であるからだろう、フレイアもそれに合わせて話しているようだった。普段は本来できる発音や言葉選びをあえて崩しているのであろう。リセはそういった薬は誰も持っていなかったはずだと思い返しつつ、綺麗な発音だ、などと起き抜けの頭で考えていた。
「……声もまったく出ないようでして。まさか大々的に宣伝をした時に限ってこんなことになるとは……私共は爪弾き者を寄せ集めた小さな楽団、代わりの人員もおりません」
そう説明する彼女は女性にしては背が高く、三人よりはハールやイズムに近い。それでも、表情やうつむき縮こまった肩のせいでとてもか細く風が吹けば散ってしまいそうな儚さを感じさせた。
「今回は残念ですが……宿の皆様にも謝っておきましょう」
言いながら、力無く微笑む。
「……フェスタ、そういうことってできないの?」
「できませんわよ」
フレイアは昨晩の会話を思い出し小声で話を振るが、間髪入れずに否定。それ意外の言葉が返ってくるはずはないと解ってはいたが。アデーラはフレイアの視線を追うように外套の少女へ目を向けると、今度は曇った笑顔にやや晴れ間を見せた。
「……ああ、楽譜を拾ってくださった方ですね! 昨夜はありがとうございました。もしや街の楽団か何かに所属しておいでで?」
一瞬の間。フェスタの唇が僅かに動き言葉を紡ごうとした――瞬間。
「そういうのじゃないんですけど、歌うのが好きだそうですよ」
「フレイアさん……!」
フレイアはフェスタの両肩に手を添えると、アデーラと自分の真ん中に押し出した。アデーラは近づいたことにより彼女の小柄さに少しばかり驚いてみせる。そして、視線を右へ。左へ。片手を胸の前で握りしめ、口を数度開けては閉じてを繰り返し――――そして。
「あの……もし、もしよろしければ――」