Story.15 きざはしの歌 -暁との邂逅-

「西へ東へと住処も持たぬ卑俗な旅芸人の身ではございますが、どうやら我々を御存知の方もいらっしゃいますようで恐悦至極にございます。さあ、今夜はご挨拶にお酒の歌を一つ二つ。お代はお気持ちで、手拍子は多目で。鮮やかな夜をお約束致しましょう!」
 彼女がそう言い終えると同時、心地よい低音が滑らかに耳へすべり込む。その場にいた客達が――否、“観客”達がはっと息を呑む。そして柔らかな音が重なり、澄んだ音が重なり。

 ――それは、鮮烈な。

 強く、熱く、

 深い酔いすら一瞬で醒ますような、

 赤い声。

「“嗚呼、偉大なるバルドヴァーユよご高覧あれ”!」

 先ほど少年を怒っていた声の持ち主とはとても思えない。

「“我らは今日も働いた 田畑を耕し 布を織り 汗水垂らして働いた 命の水よ どうか 乾きを癒しておくれ 昼の疲れ 暮れの憂いを地平の彼方へやってくれ”」

 伸びやかで眩しい歌声が弦の音色を彩ってゆく。

「“朝の産声響くまで さあ神の慈悲を酌み交わそう 笑い 歌い 踊れ!”」

「お酒の神様だよ」
 リセが小さく首を傾げるのを目敏く見つけたフレイアが片手を口元に寄せ、やんわりと声を抑えながら言う。彼女は唇の動きだけで礼をすると微笑んだ。
 そのあとも酒の歌と大衆歌が続き、割れんばかりの拍手とコインがそそぐなか赤髪の少女は胸に手を当て深々と一礼した。
「本日は有り難うございました! たくさんの方がこの宿にお集まりいただけるであろう四日後には改めて、私たちが奏でる曲の中でも選りすぐりのものたちを集めた演奏を行います! ぜひ、ぜひ風に噂を乗せてくださませ」
「なんで四日後?」
「恐らく“開花の祝礼”……千年樹が初めて花を咲かせたと言われる祝いの日ですね。今日明日には巡礼の方々がアリエタに集まってくると思いますよ」
「えっとー、”ミュテの涙”が丁度千年樹の真上にくる日だっけ?」
「涙……?」
「金涙星という星の別名ですね。春に出てくる少し黄色に見える星ですよ」
「なる、ほど」
 ぎこちなく頷くリセ。恐らく理解できない、覚えられないといった理由ではないだろう。この硬い表情はこれからたくさん見ていくことになるのだろうと、イズムは苦笑した。
「大丈夫、少しずつ覚えていきましょう」
「うん」
「知らないってことは、これから知る楽しみがあるってことだろ」
「……うん」
5/16ページ
スキ