Story.15 きざはしの歌 -暁との邂逅-
「つ、着いたあぁああ!」
と、同時に少女の声。勢いよく扉が開け放たれ、外の音がより耳に届くようになったのだった。
「あんたがトロトロ歩いてるからでしょうが!」
「ご、ごめん……」
「まあまあ、そう怒らないでレティ、ハンスも疲れて……」
「アデーラ、もう子供じゃないんだからその呼び方やめてってば……! ラウレッタって呼んでって何度も言ってるでしょ」
「あーあー、びしょ濡れだなこりゃ」
賑やかな声が四名分。逞しい身体付きで剃髪、そして右頬から首に火傷だろうかーーの跡がある男性に、腰まで柔らかく波打つ栗色の髪の女性。フレイアと同じかやや下かくらいの年齢の、肩までの金髪を後ろで括った少年。そして最後に、目を奪われるような真っ赤な長髪の少女。
「ふお、降られちゃったんだ……大変だったね」
「旅してれば珍しいことじゃないけどな」
携帯水晶にしまう余裕すらなかったのか、雨に濡れないよう大事そうに紙の束を抱えていた彼女は一歩踏み出し――濡れた床に足を滑らせる。
「きゃ……!?」
宙に舞う紙。扉が開いた時こそ一瞬そちらを見たものの既に談笑に戻っていた客たちであったが、さすがに数人が椅子から立ち上がろうとする。が、その誰よりも早く駆け寄った者がいた。
「フェスタさん……!?」
目深く被ったフードが翻らないように気を付けながらテーブルの間を縫い扉前まで辿り着くと、少女の足元に落ちてきた紙を彼女の連れに混じって拾い上げていく。そしてその内の一枚で、ふと手を止めた。
「『アリオラ礼讃』……?」
彼女の呟きに赤髪の少女はフェスタを見遣り、歩み寄った。フードの前を引っ張り顔を隠すと少女に紙の束――――楽譜を差し出した。
「どうぞ」
「ありがと、よく知ってるのね」
フェスタが手渡した楽譜に曲名らしきものは書かれていない。つまり、符だけで何の曲かを瞬時に理解したのである。音楽の知識を持つ者が好ましいのであろう、少女は嬉しそうに受けとった。
「これを、お歌いになりますの?」
「まあね」
胸を膨らませ、自信が滲み出る笑み。
「あの最後の高音を……?」
「あっ、あれは……まあ、音下げて歌ってるけど! あたしは歌手なの。失敗できないの、よ……?」
やや気まずそうなものの気を悪くした様子はなさそうであった、が。彼女の瞳がフェスタを映す時間と比例して眉間に皺が寄っていく。そして、突然何かに気付いたかのように目を見開き――
「―――!」
席にいるリセ達に、その言葉は届かなかった。
「こらラウレッタ! ……すまないな、ありがとさん」
「……いえ」
年の頃は四十代前半だろうか、年長の男性が少女を諫めフェスタに笑いかけるが、その笑みは早々に背を向けた彼女に届くことはなかった。そのまま談笑に戻ったテーブル達の間を通り、自分の席へと座る。
「……せっかくフェスタが拾ったのに、なんか……」
四人組の方へと視線を遠慮がちに向けながら、小声でリセ。
「気付いたんでしょう」
葡萄酒が入った木の器を悪戯に指先で摘まみ、揺らす。その度、紫の水面から艶やかに香る果実。アリエタの葡萄農家の前を通れば、娘たちが酒に加工するため踏み潰しているのをよく見かけた。
「お前がああいうことするの意外だな」
「普段ならしませんわよ、ただ……楽譜だったようですから」
近く遠い世界のことだったものが、こうして自分の杯に満たされている。けれど。
「……それだけですわ」
小さなことだとはけして思わない。ただ――すべてが変わったわけでもない。