Story.15 きざはしの歌 -暁との邂逅-
――リネリス国民のほとんどは、『世界の原初は“白”であり、万物は色――魔力の雨によって生まれた』ということや『毎日“朝を産む”のは、生命の源である黒――つまりは夜』ということを常識として生きている。一部の研究者が異を唱え聖堂と対立しているが、未だにそのせいで処罰されたという話は聞かない。聞かないだけかもしれないが。
しかし、世界を“信じている”とそれを維持している神々を“尊び敬う”かはまた別である。特に、夜の大通りには魔光灯が灯り、堅牢な壁に阻まれ魔物がやってくることもない、都市部にいるような若い世代などは。だが上の世代が信仰心が薄いと嘆く彼らとて、常識を信じない、違うと堂々と言うのはさすがに憚られるものだ。
「……ということは、さっきイズム君が言ったようなことを街中で言ったら」
「ちょっとヤバいです」
「ちょっとヤバい」
真剣に頷き復唱するリセ。
「イズムさん、もっと真面目な方だと思っていましたわ……」
「コイツそういう奴だぞ」
「周りがそれなりにうるさかったので言っちゃいました」
爽やかな笑顔と全く合っていない言葉の内容に、フェスタは人差し指の背で軽く額を押さえる。
「人の思想をとやかく言うつもりはございませんが、不要ないざこざには巻き込まれたくありません。気を付けてくださいな」
「すみません」
「思ってないだろ」
「悪く思ってますよ、ハール相手じゃないんですから」
「おい待て」
「話続けますね」
――最初に意識を持ったのは大神ヴァルファズル。魔力に満ち満ちた源流たる黒より生まれし始まりの生命。彼は飛び散る色彩の雨を受け止め、織り交ぜ、様々なモノを創り出した。黄から大地を、緑から草木を、赤から炎、人とその亜種を。そして青から海や魔族を。
「私たち、赤い……?」
「血液のことだそうですよ」
眉間に小さくしわを寄せて両手を見つめるリセだったが、彼の回答に納得したらしい。
「つまり人間も、獣人族も、エルフ族も、鬼族も、同じところから生まれたから元は一緒?」
「そういうことになりますね」
彼女の右手には、フェスタに治癒魔法をかけてもらった数時間前まで赤い溝が覗いていた。傷口なのだから当然だと思っていたが、今の話からすると――
「……魔族の血って、青いの?」
「すみません、それは僕も……文献には青とありますし、小説なんかの描写も青ですし、ただ見たことがないのでそれが事実かは……」
それもそうだ。遠く離れた国に住む他種族の血を見たことがあるかなど、普通ならないに決まっている。
「じゃあ、他には人間と魔族って何が違うの?」
「セシルさんの宿屋でも少しお話ししましたけど、身に付けられる魔法の技術が別次元です。基本的に人間はリセさんがやったように地道に練習してやっと簡単な命令を遂行できる導式を編み上げるので精一杯ですが、魔族は生まれながらにして魔法を自在に操れるそうです。それこそ息をするように」
初めはひとかけらの魔力を顕現させるだけでも精神と体力が磨耗したのを思い出す。今も複雑な変換は出来ないし、単純な攻撃魔法が使えるくらいだ。それも細かな加減が可能なほどの制御はできない。だからこそ、あの時フェスタを敵――とは呼びたくはないが――の前に一人残していくことになってしまったのだ。
「それは……すごいね。じゃあもし、魔法が使えない人間と、すごく苦手な魔族がいたら、二人に違うところは、ないの?」
「それ、は……」
何を質問してもすぐに解りやすく返すイズムが珍しく言葉を濁す。誤魔化す、というよりは、それは本当に解答を持ち合わせていないという風に見えた。
「魔法が使えない魔族なんていねぇよ」
会話の内容からして意外な発言者に、リセはやや目を見開いてそちらへ顔を向ける。
「特別な理由でもない限り……」
ハールは興味なさげに呟く。
――その時、店内に雨音が響き渡った。