Story.15 きざはしの歌 -暁との邂逅-
「あら、強くなってきましたわね……」
不意に勢いを増した雨音。まだ日は完全に落ちていないものの、灰暗い窓の外を見遣りながらフェスタは言った。
「早く宿に着くようにして正解だったな」
ところは大陸の西部と東部を繋ぐ大橋『ビフレスト』中央部に位置する宿のひとつ。その一階でやや早めの夕食を終えた五人は部屋に戻るでもなくそのままのんびりと過ごしていた。暖色のランプに照らされた室内は良く言えば賑やか、悪く言えば騒々しい。周囲では旅人や商人達が食事をしたり談笑をしたり、賭け事に興じ涙があったり笑いがあったり――平穏と活気と熱気が入り雑じり混沌としている。つまりは、宿屋のありふれた夕べである。
「今日は夜が長いねっ」
「ですねぇ、チェスとかカードとか借りてきます?」
「あ、あのね、イズム君……!」
自分達もそんな風景の一部になろうかとした矢先、ふいにリセが片手を挙げた。
「私、神様とかのお話聞きたい」
意外なその一言に、一同から彼女へ視線が集まる。
「ハールが、イズム君詳しいって」
リセがハールの名を出す前にイズムは彼に目を向けていたが、すぐに戻す。彼女は困ったように――もしくは寂しげに笑み、言葉を続けた。
「みんな知ってることなのかもしれないけど……私、全然わからないから」
見覚えのある表情だ、とイズムは思う。以前、仕え魔について訊かれたときもこうだった。欠落している記憶による溝以外にも、彼女は彼女なりに周囲との違いを埋めようとしているのが窺える。
「イズム君、詳しいの?」
「ええ、まあ。昔居た孤児院がその類の管轄だったもので……」
フレイアの問いにイズムは笑みを浮かべたまま答える。
「もう少しやることをやれば、田舎の小さな聖堂であれば任せていただけるくらいには」
ハールは知っていたのだろう、彼以外の三人は目を見開く。
「そこまでしたのにならないの……?」
「嫌ですよそんな面倒な」
「なんてコトを」
リセの疑問は至極真っ当なものである。彼があまりにさらりと返すものなので罰当たりな発言にも関わらずこれまた真っ当な返答なのではと錯覚しそうになり、思わず苦笑するフレイア。耳の良い敬虔な信者が周りにいなくて幸いであったと言えよう。
「色々と覚えたのは単なる暇潰しですし、試験だって院が受けろって言うから受けただけですよ。それに信仰心のカケラもない人間が管理している聖堂とか、僕だったら絶対行きたくないですしね」
そこまで言って、木の杯に入った葡萄酒を一口。そして見つめてくるリセの顔に太く濃く書かれた『ごめんねそれって話したくないことだった?』の文字に気付いた。考えを隠すということをあまりにしなさすぎて、つい笑ってしまう。
「話をする分には、まったく構いませんよ。どこから話しましょうかねぇ……」
聖典に記された――世界を信じる者には事実であり、未知を探求するものにとっては虚構であるそれを、一から物語として語るのも吝かではない。
「ハールにはどこまで聞いたんですか?」
「えっと、どうやって世界ができたかをちょっと……魔力の雨がいっぱい降って……ってことだけ」
「ああ、本当に触りだけなんですね」
しかし、神の話を聞きたいと言っているものの恐らくリセにとっての最善は、周りとの知識の差を埋めることだ。単純な知識量の問題ではなく“街で出逢った人との雑談についていける知識”とでも言えばいいだろうか。
「……じゃあ、とりあえずこの辺りから」