Story.3 WHITE NOISE

 先ほどは腕を引かれて走った道を今度は一人で駆け抜ける。魔物は追いかけてこないものの、今度は事実上フレイアを囮にしてしまったという責任に酷く追われていた。彼女が作ったこの好機、絶対に無駄にしない。必ずペンダントを取り戻して、共に帰る。
 勢いを増してきた雨が肌を叩くのも厭わず、全力で走り続ける。脚と呼吸が限界に近づいてきた頃、ついに小川へ戻ってきた。やはり水量が増えており、流れも早くなっているのは明らかであった。これでは浅く川底に引っかかっていた銀鎖が流されてしまうのも時間の問題だろう。
 走って川べりまで来ると両膝を着き、川の底に揺れる今にも消えてしまいそうな紅い光へと手を突っ込んだ。
「あとちょっと……ッ!」
 伸ばした腕を、冷たい針となった夜雨が容赦なく突き刺す。
「あッ……!?」
 水流に流され手から離れる。小さな紅玉が流れ川底を跳ね――――

 鎖に指の先が絡んだ。

「とれた!」
 水滴を散らしながら水から引き上げると、二度と離すまいと右手に強く握り込む。
 急いで立ち上がり、雨に叩かれ音を立てる小川へ背を向ける。そしてフレイアの元に戻ろうと走り出した途端、リセは息を呑んだ。

 ――目の前に銀の影が立ち塞がっていた。

 受けたはずの矢は刺さっておらず、先刻の個体ではないことが窺い知れる。
「――――!!」
 瞬間的に、あのとき遠吠えで呼んだ仲間だと悟った。

 それは自分に向かって駆け出す。地面を蹴り上げ曲げ伸ばしする脚がゆっくりと動いて見えた。絶望感で目の前が霞む。透明な闇で視界を掻き混ぜられているようだ。
 胸の底が冷えていく。恐怖で足元の感覚がなくなり、落下にも似た浮遊感。

 ――もう駄目だ。

 結局最期まで迷惑かけてしまったな。そうだ、改めてハールにお礼言えなかったな。

 別の言葉になっちゃって残念だな。


「……――ごめんなさい」


 呟いて、瞼を閉じる。そして残った聴覚が捉えたのは、自分の身体が裂かれる音――

 ――ではなかった。
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