Story.14 約束
「よろしくー、フェスタっ。怪我した時は頼りにするからね!」
「相手を知っている方がいて、損はありませんね。よろしくお願いします、フェスタさん」
「うわあ……! よろしくね、フェスタが来てくれて、嬉しい!」
満面の笑み浮かべ、右手を差し出すリセ。しかしそこに巻かれたものを思い出したようで、慌てて反対の手を差し出した。フェスタはリセの横に立つフレイアの顔を気付かれぬよう見遣る。彼女はリセの手から目を逸らすと、僅かに俯いた。
「……ええ、こちらこそ」
視線をリセが差し出してきた手に戻しフェスタもまた手を伸ばす。が、彼女が取ったのは差し出された左手ではなかった。フェスタは引き込められた右手を取ると、巻かれた包帯を黙って解いていく。彼女達が呆気にとられているうちにもするすると包帯は解かれてゆき、すぐにその下の傷口が露わになった。そして、フェスタの右手に水色の光が燈る。アリエタの白浜に寄せる、浅瀬の波のような涼しげな青。それは穏やかに輝き、赤く裂けた傷口を埋めていった。
「……よろしく、お願いしますわ」
フェスタが言い終わると同時に光も消える。そこにあったはずの傷は青で塞がれ痛々しさを感じさせることはなかった。事実、痛みはないのだろう。突然の治癒行為にリセが目を瞬かせて驚いていると、その隣からフェスタにかかる声があった。
「……ありがとう」
安堵が滲む、蒼の瞳。
「あら、何故フレイアさんがお礼を?」
「あっ、いや……ほら、友達の怪我治してくれてありがとうってこと!」
フェスタが傷の理由を知るはずがないということを解ってはいても、出てしまった言葉を慌てて取り繕う。リセはその様子を見、フェスタに微笑んだ。
「フェスタ、ありがとう」
そしてフェスタは、リセの右手を自らもまた、右手で握った。
「……なあ、フェスタ」
「気軽に名前をお呼びにならないでと昨夜申し上げたのをもうお忘れですの?」
「オレだけかよ!」
「ええ、他の方々には言ってませんもの」
くすくすと笑うフェスタに反論するハール。暫くは続きそうなそれを聞きながら、三人は三人で話し始める。
「ふおー、一日で随分仲良しになったんだねー!」
「いいなーハール君、もう喧嘩できるくらい仲良いのー?」
「ハール友達少ないですからねぇ、ありがたいことですね」
「あーもう、このチビ猫……!」
「まあ失礼な!」
「じゃあ他にどう呼べばいいんだよ!」
言った後、ハールは次の言葉を躊躇い口を噤む。何かを言おうとするが、それを声に出すことはない。数秒の逡巡。そして意を決したかのようにフェスタを見ると、口を開いた。
「……お前、もう野良猫じゃねぇだろ」
顔を背けるハール。フェスタは目を見開くこともなく、ただ彼を見つめた。
遅れて、ゆっくりと浮かんでいく透明な表情。
そして、一度頷く。
もう一度。
ややあって、強く、もう一度。
それは昨日宿屋で、そして酒場の前で別れる際に彼へ向けて言った、自らへの皮肉。『彼』を待つだけの為に生き、本当の意味では誰と関わることもなく、ただ独りで四季を繰り返すだけの『野良猫』。だがそんな『野良猫』だったときの自分は――――この港町に置いていく。
下を向いてこくこくと首を小さく縦に振る彼女に、ハールは微笑する。
「泣くなよ」
「――泣いてません! もう! お好きに呼んでください!」
フードが跳ねるような勢いで顔を上げると、きっ、と睨み見上げてくるフェスタ。その姿は、年相応の少女だった。
「あー! ハール君フェスタ泣かせたー」
「まったく、貴男って人は……」
「今のオレが悪いのかよ!?」
「ハール……」
「おいリセまでそんな目で見るな!?」
ハールの必死の弁解は潮風に流されていく。そんななか、千年樹から離れているにもかかわらず花びらが空高く舞い上がったのを彼はその目に捉えた。たった一枚だけのそれは、すぐに空へと溶けて消える。
そのとき、ふと彼のなかに浮かぶ景色があった。リセとフレイアと出逢って間もない頃に立ち寄った町、『シリス』での空。今自分達の上に広がっている朝の青とはまるで反対の、赤い夕空と輝く金の雲。それらを背景に黒い三つ編みを揺らし、夕暮れに微笑んだ弟想いの少女の姿が、その言葉が、鮮やかに浮かぶ。
「相手を知っている方がいて、損はありませんね。よろしくお願いします、フェスタさん」
「うわあ……! よろしくね、フェスタが来てくれて、嬉しい!」
満面の笑み浮かべ、右手を差し出すリセ。しかしそこに巻かれたものを思い出したようで、慌てて反対の手を差し出した。フェスタはリセの横に立つフレイアの顔を気付かれぬよう見遣る。彼女はリセの手から目を逸らすと、僅かに俯いた。
「……ええ、こちらこそ」
視線をリセが差し出してきた手に戻しフェスタもまた手を伸ばす。が、彼女が取ったのは差し出された左手ではなかった。フェスタは引き込められた右手を取ると、巻かれた包帯を黙って解いていく。彼女達が呆気にとられているうちにもするすると包帯は解かれてゆき、すぐにその下の傷口が露わになった。そして、フェスタの右手に水色の光が燈る。アリエタの白浜に寄せる、浅瀬の波のような涼しげな青。それは穏やかに輝き、赤く裂けた傷口を埋めていった。
「……よろしく、お願いしますわ」
フェスタが言い終わると同時に光も消える。そこにあったはずの傷は青で塞がれ痛々しさを感じさせることはなかった。事実、痛みはないのだろう。突然の治癒行為にリセが目を瞬かせて驚いていると、その隣からフェスタにかかる声があった。
「……ありがとう」
安堵が滲む、蒼の瞳。
「あら、何故フレイアさんがお礼を?」
「あっ、いや……ほら、友達の怪我治してくれてありがとうってこと!」
フェスタが傷の理由を知るはずがないということを解ってはいても、出てしまった言葉を慌てて取り繕う。リセはその様子を見、フェスタに微笑んだ。
「フェスタ、ありがとう」
そしてフェスタは、リセの右手を自らもまた、右手で握った。
「……なあ、フェスタ」
「気軽に名前をお呼びにならないでと昨夜申し上げたのをもうお忘れですの?」
「オレだけかよ!」
「ええ、他の方々には言ってませんもの」
くすくすと笑うフェスタに反論するハール。暫くは続きそうなそれを聞きながら、三人は三人で話し始める。
「ふおー、一日で随分仲良しになったんだねー!」
「いいなーハール君、もう喧嘩できるくらい仲良いのー?」
「ハール友達少ないですからねぇ、ありがたいことですね」
「あーもう、このチビ猫……!」
「まあ失礼な!」
「じゃあ他にどう呼べばいいんだよ!」
言った後、ハールは次の言葉を躊躇い口を噤む。何かを言おうとするが、それを声に出すことはない。数秒の逡巡。そして意を決したかのようにフェスタを見ると、口を開いた。
「……お前、もう野良猫じゃねぇだろ」
顔を背けるハール。フェスタは目を見開くこともなく、ただ彼を見つめた。
遅れて、ゆっくりと浮かんでいく透明な表情。
そして、一度頷く。
もう一度。
ややあって、強く、もう一度。
それは昨日宿屋で、そして酒場の前で別れる際に彼へ向けて言った、自らへの皮肉。『彼』を待つだけの為に生き、本当の意味では誰と関わることもなく、ただ独りで四季を繰り返すだけの『野良猫』。だがそんな『野良猫』だったときの自分は――――この港町に置いていく。
下を向いてこくこくと首を小さく縦に振る彼女に、ハールは微笑する。
「泣くなよ」
「――泣いてません! もう! お好きに呼んでください!」
フードが跳ねるような勢いで顔を上げると、きっ、と睨み見上げてくるフェスタ。その姿は、年相応の少女だった。
「あー! ハール君フェスタ泣かせたー」
「まったく、貴男って人は……」
「今のオレが悪いのかよ!?」
「ハール……」
「おいリセまでそんな目で見るな!?」
ハールの必死の弁解は潮風に流されていく。そんななか、千年樹から離れているにもかかわらず花びらが空高く舞い上がったのを彼はその目に捉えた。たった一枚だけのそれは、すぐに空へと溶けて消える。
そのとき、ふと彼のなかに浮かぶ景色があった。リセとフレイアと出逢って間もない頃に立ち寄った町、『シリス』での空。今自分達の上に広がっている朝の青とはまるで反対の、赤い夕空と輝く金の雲。それらを背景に黒い三つ編みを揺らし、夕暮れに微笑んだ弟想いの少女の姿が、その言葉が、鮮やかに浮かぶ。