Story.14 約束

「……分かった」
 ハールの硬い声に、隣にいたリセはこっそりと彼を見遣る。そして聞こえたのは、小さく息を吸う音。
「――ってかお前な! 出ていくなら一声かけていけよ!?」
 僅かな怒気を孕んだ意外なその声色に、フェスタのフードの下の耳がぴくりと跳ねた。
「動揺していてそこまで頭が回りませんでしたの、察してくださいな……鈍い殿方はモテませんわよ?」
「こっちは真面目に話してんだよ、そりゃまともにモノ考えられる状態じゃなかっただろうけど……だからこそ何かあったんじゃねぇかと思うだろ」
「あら、そんなに心配してくださっていましたの?」
「――当たり前だろ!」
 目を見開くフェスタ。ハールの予想外の声の強さに、三人もまた瞠目する。一行の傍をがたがたと喧しい音を立てて荷馬車が通り過ぎていった。数秒の間、喧噪という静寂が五人を包む。
「……心配、した」
 落ちる言葉。賑わう往来のなか、それは小さかったもののはっきりと四人の耳に届いた。
「あんな状況だったから、そりゃ余裕なかっただろうけど……何か、猫って間際に姿消すとかそんなん思い出すし……」
 言いながら、ハールは口元を左手の甲で隠す。暫く驚きの表情のまま静止するフェスタ。だが彼のその様子に雪が溶けていくようにゆっくりと、困ったような、或いは泣き笑いのような微笑みを浮かべた。
「……やっぱり、おかしな方ですわね」
 彼女はハールに一歩近付くと、首を傾げて覗き込むようにして見上げる。
「私は大丈夫です。ちゃんと此処にこうしておりますでしょう?」
 まるで温かい紅茶に砂糖を溶かすように柔らかく染み込む声。今まで聞いた彼女のどの声よりも優しいそれに、気まずそうに頷くハール。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんわ。それと……」
 少し、間を空けて。小さな唇を少し開いて、息を吸う。
「……ありがとう、ございます」
 嘘偽りのない感謝の言葉であるというのは、昨夜の灰暗い通りでのそれと変わらない。だがあの時とはまた違う柔らかな響きが、確かにそこにはあった。フェスタは一度ハールから視線を外すと、三人に向き直る。
「フェスタ・ローゼルと申します。改めて、よろしくお願い致しますわ」
 そしてはっきりと、自らの名を名乗った。今度は、自分の意志で。
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