Story.14 約束



「ふお、おっきい……!」
 果てのない青の上を真っ直ぐに伸びる白い石畳。空と海の境界へ続くそれを、リセは感嘆の息とともに見つめた。
「だよねー、アタシも初めて見たときはびっくりしちゃったー」
 リィースメィル大陸の東部と西部を繋ぐ大橋『ビフレスト』。その幅はアリエタの大通りよりも広く、左右に家を建てても馬車が五台は余裕ですれ違えるほどだ。これまで川や溝を越えるために橋を渡ったことはあったが、眼前にある『ビフレスト』は一般的なそれとはわけが違う。これはもはや橋ではなく、道と呼んでも差し支えはないだろう。
「一日で渡り切れないから、途中の宿屋に泊まるようだな。天気が悪くなる前に着けばいいけど――」
「橋の上に宿があるの!?」
 ハールの言葉に目を丸くするリセ。もし小動物であれば耳と尻尾が勢いよく立ち上がっていたであろうと思わせるような彼女の驚きように、フレイアとイズムは笑う。大きく息を吐くと、リセは改めて終わりの見えない橋の先を見つめた。
「こんなに大きい橋、どうやって造ったんだろ……」
「魔族と造ったそうですよ」
 先程とはまた違う驚きに、イズムを見遣るリセ。
「聖戦より前の話ですけどね」
 そう言い、彼は微笑んだ。人間と魔族がまだ争いを始める以前に、協力して建造したということか。人間と比べ魔法を扱える自由度が格段に高い魔族の助力があったのならば、この大規模な建造物も可能なのかもしれない。石畳を構成する石一つ取っても大きく重いものだが、これを台車や縄無して運んだり固定したりすることもできるのだろう。それこそ、“人間業ではない“。
 そんな海上の道を絶えず往来する人々は、その多くが身なりからして商人や旅人だと見て取れた。こうして毎日アリエタには人が訪れ、去っていくのだろう。そしてまた、自分たちも例外ではない。
「……行くか」
 ハールの声にどこか歯切れの悪さを感じながらも、一行は橋に向かって歩き始める。アリエタの地面はもうあと数歩分もない。向かいから来る人を避けて進む。すれ違った旅人の「ようやくアリエタだ」という喜びの声や潮風に乗ってどこからともなく流れてきた会話のなかに『千年樹』という単語が入っているのを聞きながら、靴底が『ビフレスト』の石畳に触れる――――
 その直前。

「……お待ちになって!」

 一行は聞き慣れた――とまではいかないものの、確かに聞き覚えのあるその声のした方へ振り向く。
 そこには、茶色の外套を纏った小柄な少女。頭を被うフードの左右から胸元まで流れる蒼海の髪。四人と目が合うと、彼女の紫の目は穏やかに微笑をかたどった。
「よかった、もう行かれてしまったのかと……橋を渡ると仰しゃっていたので、ここで待っていればお会いできると思いまして」
 彼女――フェスタは一行に駆け寄る。そして驚く四人を見上げると、ゆっくりと口を開いた。
「大変勝手かつ急なお願いではありますが……よろしければ、私もご一緒させていただきたいんですの」
 言うと、フェスタは再び微笑んだ。ハールは夜の通りで見せたその顔を――本当はそういった顔ができることを知っていたが、他三人は昨日出逢ったときには想像もできなかった表情に、更に驚きを重ねる。フェスタは彼女らの様子からその心情を汲み取ると苦笑した。
「少し、一人になって色々と考えたのですが……」
 言いながら目を伏せるフェスタ。海風が吹き、外套の裾を揺らす。だが高台から遠いこの場所に花弁が舞うことはなかった。
「貴方方と行動を共にしていれば、必ず彼と会えると」
 昨夜、彼は姿を消す間際に言っていた。「次お会いする時までに」と。それを差し引いても、リセがペンダントを渡さない限り彼女達の前に現れる可能性は高いだろう。
「待つのは、もうやめました。私から、逢いに行くんです」
 フードの下から覗く双眸には、確かな決意が映っていた。そこには強さこそあれど迷いはない。だがほんの一瞬、僅かに瞳が陰った。それはフードの角度のせいなのか。それ以外の何かなのか。
「……彼があのような事をするには、何か理由があるに違いありません。わけを、確かめたいんです」
 四人を見上げ、微かにフードが顔から上がる。
「それに」
 次の瞬間には、その紫に光が戻っていた。そしてそれが揺らぐことはなく、ただ真っ直ぐに前を見つめる。

「――彼が誰かを傷つけるのは、私が止めます」

 その言葉は、“彼を守る”という決意。そしてそれは同時に、“彼と戦う”という覚悟。
 眼差しと同じく真摯で一途な声音に、一同は何も言わなかった。言わずとも――皆思うことは同じであろうと、感じ取ることができた。
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