Story.14 約束

 憶測の域は出ないが、現状から解ることを繋ぎ合わせるに、この海岸通りを歩いているような一般人が相手ということはないだろう。仮にそうだとしたら、酒場で一戦交えたような輩の世界に属し、転移水晶を入手できるルートを持っている者。だがそこまできたらやはり一般人とは言い難いかもしれない。どういった方向にせよ、相手方が力を持つ者だという可能性は高いだろう。
「何で、私たちがあそこにいるって分かったんだろう……?」
 リセの発言に、イズムは周囲に視線を走らせる。
「つけられている……というわけではなさそうですね」
「でもアタシ達がいなくなってから現れたんでしょ? ……偶然にしてはちょっとタイミング良すぎ、かな」
「こっちの行動は向こうに知られてるのかもな」
「でしょうね。それがどの程度なのか、どんな手段を使っているのかは分かりませんけど。しかしまあ……一方的にやられる側というのは、気に食わないところですね」
 一通り意見を出し合うと、やや重い沈黙が降りた。これ以上は推測のしようがなく、こちらから向こう側の情報を得る手立てはない。不穏な状況であるにもかかわらず受け身でいることしかできないというもどかしさが、陰となって一行の表情に差した。
「――森のなかで王子様がお姫様を見つけて、今度は敵が宝物を奪いにやって来たって……あはっ、ホント小説みたーい」
 ――が、その時、明るい声が一つ上がった。それはフレイアがリセとハールに出逢った際、お伽話に準えて言った言葉。そこに彼女は新しく展開を付け足したのだった。
「それが、驚いたことに現実なんですよねぇ」
「またお前はそういうことを……武器持ってたんだぞ、少しは緊張感持てよ」
 イズムは困ったように微笑を浮かべ、ハールも呆れたという視線を投げかける。しかし彼らの硬かった表情は普段のそれになっていた。簡単に流せるような事態ではないが、考え込んでも仕方がないというのも勿論のこと、あの夜以来少し言動が落ち着いていた――と言えば聞こえはいいものの、やや元気がなかったように見えたフレイアのこういった発言が聞けたことに安堵したのだった。
「……どうして、戦ってまで欲しがるのかな」
 いつもの空気に戻りかけるなか、ぽつりと呟く声があった。微かに俯き、争いたくないという想いが痛いほどにその月色に揺れる。戦いたくはない。しかし、渡すわけにはいかないという気持ちもまた同時に強くなる。二つの相反する感情は、紅玉を握る指に力を込めさせた。
「それが何だろうと、お前の記憶を取り戻す為に役に立つものだってのだけはっきりしてるだろ」
 その言葉に、昨日ペンダントが見せた記憶の破片が脳裏を過ぎる。二つの紅と、銀の景色。そうだ。確かにこれは“鍵”なのだ。ペンダントはしっかりと握ったまま、リセは俯いていた顔を上げた。その先には、ハールと、フレイアと、イズム。ふと、フレイアが強気な笑みを見せる。
「なら、相手が誰であろうと――?」
 答えを求める眼差しに、リセは静かに言う。

「――守る」

 そして、目の前で頷いてくれる者たちがいることに、どうしようもなく目頭が熱くなった。
 ここまで辿り着くまでにたくさん迷い、間違えてきた。きっとこれからもそれらが完全になくなることはない。しかし、その度に得てきたものもあった。
 それを授けてくれたのは、今までで見てきたすべてのもの、触れてきた人たち。
 歩むべき道を示してくれた双子の記憶師。想うだけでなく、伝えることの大切さを見せてくれた姉弟。『武器の本質』を教えてくれた老翁。『その人だから』の理由の大切さを感じさせてくれた仕え魔。『守りたい』という強い想いを自覚させてくれた老嫗。
 誰かの想い、願い。自分のなかの様々なものと交差して、新しい何かが絶えず生まれていく。目覚めた森からこの港町までという短い時のなかに、数えきれないほどの鮮やかな記憶。そのすべてを胸に抱いて、進んでいく。
 心は強くて弱いものだから、人の数だけ存在するから、いつも正しくあることはできないけれど。悩んで、苦しんで、もがいて、解らないことだらけで。
 それでも、手を伸ばす。これから訪れる一瞬一瞬、その時の自分ができることへ、精一杯。
 目が覚めて真っさらだった自分が、時には一人で悩み、時には誰かとぶつかって、支えてもらって――――ここまで歩んできたからこそ今、言える言葉がある。

 ここにいる『リセ・シルヴィア』としての、すべてを込めて。

「――……ありがとう」

 出逢ったすべての人たちに。そして――――

 これからも共に歩んでくれる、仲間に。
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