Story.3 WHITE NOISE
数分後、雲は完全に月を覆うと、ぽつぽつと雨が降ってきた。冷や汗なのか雨滴なのか、リセの頬を雫が伝う。つい先ほどまでは晴れていたのに、と自らの運を呪った。
一悶着終え矢を受けた頭が大人しくなると、銀狼は再び彼女たちを捜し始めたが、自らの血の匂いが邪魔をするのか鼻もあまり利かないようで、それを頼ることもできないらしい。しかしこの辺りにいるという確信でもあるのか、なかなか動こうとしなかった。
フレイアは敵が弱っていながらも戦いに持ち込もうとはしない。相手の間合にいながらの弓は不利であるし、何よりもリセを守りながらの戦闘には若干の不安があるのだろう。
雨が降ってきたことで、リセはある不安に駆られていた。成す術がないことはわかっていたが、できるだけ小さな声でフレイアに話しかける。
「……フレイア、さっき、川のなかに私のペンダントがあったの」
「ペンダントなんてつけてたっけ……」
言いかけ、フレイアはその意味に気付いたようだった。はっとした表情でリセを見つめる。
「どうしよう、この雨じゃ流されちゃうかもしれない……」
自分の無力さが、酷く憎らしかった。記憶もない。戦う力もない。――何もできない。
「……何か、思い出せるかもしれないのに」
想いの力が強くなればなるほど実際に持ちえる力との差が広がっていき、自らの非力さを思い知らされる。悔しさで握った拳が震え、血が出そうなほど唇を噛み締めた。
「…………わかった」
フレイアが、凛とした声で言った。
「アタシが引きつける。その間に」
「えっ!? でもそれじゃ……!」
リセが制止しようとした瞬間、遠吠えが夜空高く響き渡った。
「ヤバい、仲間呼んでる……!」
有無を言わさずフレイアは立ち上がった。長く尾を引いていた声が止む。魔物が彼女を視認したらしい。
「リセ、早く!」
その声に弾かれ、リセは草叢から飛び出した。魔物に認識されたからにはもうやるしかない。
「……ありがとうっ、気を付けて!」
フレイアは頷き矢籠から数本の矢を一気に抜き取ると、弓を持った手の指で器用に纏めて挟む。そして素早く矢を番えると脚の付け根を狙い続けざまに二本を放った。
「そこの二つ頭なお兄さん! フレイアちゃんと遊ばない?」
鈍い猛り声。一本は狙い通りの場所に突き刺さったがもう一本は避けられた。いくら手負いとは言えやはり殺戮兵器の末裔である。銀狼は一瞬リセに注意を向けたものの、すぐにフレイアへと照準を移した。
「……お姉さんかもしれないけどっ」
――まずは、脚を潰そう。
もう一度矢を番える。胸の内で、息の根を止めるための手順を組み立てながら。