Story.13 アリエタの夜
「じゃあ別の話な、ヒスイ硬い」
「え?」
突拍子のない言葉に目を丸くし、それこそ固まるヒスイ。意味を図りかねる彼に、コハクは駄々をこねるように大袈裟に身振り手振りをつける。
「硬いわ! ずーっと敬語やし、なーんか他人行儀やし、もっとこう砕けた話し方でええねんで? それとも誰に対しても敬語なん?」
『硬い』の指すところが態度だと理解した彼は、コハクの勢いを抑えるように両手を胸元にあげる。
「い、いえ、目上の方には敬語なだけで普段は違いますよ」
「目上って……」
「年上ですとか、獣人以外の種族ですとか……」
「それほぼ全員とちゃう!?」
獣人以外の種族が目上という部分に引っかかったが、あえて言及はしないことにした。彼自身が思っているか否かにかかわらず、保身のためにそう定義しているのであろう。
「同い年くらいの獣人とか、友達には普通ですよ? ……そんな機会ほぼないですけど」
「ほう、ならウチは友達だから敬語ナシでええってことやな?」
「えっ」
「ウチ他人行儀イヤやわーイヤやわー!」
「で、でもコハクさん年上ですし」
「ほう……まだ言うんか?」
出逢ったときの突っぱねるような対応こそないものの、まだ線を引いている感じは否めない。しかしこれが素というわけでもなさそうである。ならば、と。コハクはにやりと笑った。
「――なら、実力行使!」
瞬間、ヒスイに抱き着くようにして背中に手を回した。そして悲鳴にも似た彼の驚きの声を無視し脇腹を擽り始める。
「わッ、止めてくださっ……! 分かりまし、分かった! 分かったって、コハクさ……!」
「さん付けも要らんー!」
多少強引な手段ではあるが、このくらいしなければ壁をつくられたままかもしれない。彼の生真面目な気質は元々なのか、環境的にならざるを得なかった後天的なものなのかまだ判断出来かねるが、せっかく知り合えたのだ。それではあまりにも寂しいではないか。ヒスイも――
(……ウチもな)
「分かった、コハク! コハク、分かったって止め……っ!」
ようやく素が出てきたなと顔だけでなく心のうちでも笑む。
――その瞬間、ドアを小さく叩く音。高く控えめなそれは、笑い声を断った。
「メノウさんですかね……じゃなかった、メノウさんかな」
僅かに乱れた服を直すと息を整えながらベッドから降り、ヒスイはドアに向かった。
「はい」
ノブを回して開くと目に飛び込んできたのは――
「ヒスイ君……あ、コハクちゃんもいる! ちょうどよかったー。お話し中だったかな、ごめんね」
薄桃花の髪。それを揺らし目の前の少女は小首を傾げて微笑んだ。
「夜も遅いし着任早々申し訳ないんだけど……ちょっと『交渉』してきてもらえるかな? 今、いい感じに分かれてくれたみたいなんです」
冷水を一気に飲み干したかのような冷たさが身体の芯を流れる。自分がどういった経緯でここにいるのか、先程居間で談笑していた微笑と声はそのままに突き付けられた。
「二人のどっちか、お願いできるかな」
皆で食卓を囲み雑談をしたのも、新しくできた友人と戯れ合ったのも、今まで此処で起きたどれが嘘でどれが本当ということはない。すべて現実だ。そして、これから起こることも。たとえそれらが掛け離れたものだとしても、すべてこの夜の出来事の一つであることは同じなのだ。それが、幾重にも重なる交差の始まりに過ぎないことも。
――夜は、まだ終わらない。
───・…・†・…・───
To the next story…
up*2014.4.06
「え?」
突拍子のない言葉に目を丸くし、それこそ固まるヒスイ。意味を図りかねる彼に、コハクは駄々をこねるように大袈裟に身振り手振りをつける。
「硬いわ! ずーっと敬語やし、なーんか他人行儀やし、もっとこう砕けた話し方でええねんで? それとも誰に対しても敬語なん?」
『硬い』の指すところが態度だと理解した彼は、コハクの勢いを抑えるように両手を胸元にあげる。
「い、いえ、目上の方には敬語なだけで普段は違いますよ」
「目上って……」
「年上ですとか、獣人以外の種族ですとか……」
「それほぼ全員とちゃう!?」
獣人以外の種族が目上という部分に引っかかったが、あえて言及はしないことにした。彼自身が思っているか否かにかかわらず、保身のためにそう定義しているのであろう。
「同い年くらいの獣人とか、友達には普通ですよ? ……そんな機会ほぼないですけど」
「ほう、ならウチは友達だから敬語ナシでええってことやな?」
「えっ」
「ウチ他人行儀イヤやわーイヤやわー!」
「で、でもコハクさん年上ですし」
「ほう……まだ言うんか?」
出逢ったときの突っぱねるような対応こそないものの、まだ線を引いている感じは否めない。しかしこれが素というわけでもなさそうである。ならば、と。コハクはにやりと笑った。
「――なら、実力行使!」
瞬間、ヒスイに抱き着くようにして背中に手を回した。そして悲鳴にも似た彼の驚きの声を無視し脇腹を擽り始める。
「わッ、止めてくださっ……! 分かりまし、分かった! 分かったって、コハクさ……!」
「さん付けも要らんー!」
多少強引な手段ではあるが、このくらいしなければ壁をつくられたままかもしれない。彼の生真面目な気質は元々なのか、環境的にならざるを得なかった後天的なものなのかまだ判断出来かねるが、せっかく知り合えたのだ。それではあまりにも寂しいではないか。ヒスイも――
(……ウチもな)
「分かった、コハク! コハク、分かったって止め……っ!」
ようやく素が出てきたなと顔だけでなく心のうちでも笑む。
――その瞬間、ドアを小さく叩く音。高く控えめなそれは、笑い声を断った。
「メノウさんですかね……じゃなかった、メノウさんかな」
僅かに乱れた服を直すと息を整えながらベッドから降り、ヒスイはドアに向かった。
「はい」
ノブを回して開くと目に飛び込んできたのは――
「ヒスイ君……あ、コハクちゃんもいる! ちょうどよかったー。お話し中だったかな、ごめんね」
薄桃花の髪。それを揺らし目の前の少女は小首を傾げて微笑んだ。
「夜も遅いし着任早々申し訳ないんだけど……ちょっと『交渉』してきてもらえるかな? 今、いい感じに分かれてくれたみたいなんです」
冷水を一気に飲み干したかのような冷たさが身体の芯を流れる。自分がどういった経緯でここにいるのか、先程居間で談笑していた微笑と声はそのままに突き付けられた。
「二人のどっちか、お願いできるかな」
皆で食卓を囲み雑談をしたのも、新しくできた友人と戯れ合ったのも、今まで此処で起きたどれが嘘でどれが本当ということはない。すべて現実だ。そして、これから起こることも。たとえそれらが掛け離れたものだとしても、すべてこの夜の出来事の一つであることは同じなのだ。それが、幾重にも重なる交差の始まりに過ぎないことも。
――夜は、まだ終わらない。
───・…・†・…・───
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up*2014.4.06