Story.13 アリエタの夜

 ――そんな時間を過ごした後の自室での談話である。当初よりはお互いに口数が多くなってきたとコハクは思う。自分の方は最初から多かったような気がするが。
「……へぇ、コハクさんの家って診療所なんですか」
「同居人が医者でなー、ヤブっぽいけど腕は確かやで? ヒスイのことも最初は先生に診せようと思っとったんやけど……」
「すみません」
 ベッドに座ったコハクとその隣に腰を下ろすヒスイ。彼は少し申し訳なさそうに苦笑した。
「ええって、こうしてピンピンしとるんやから」
「ありがとうございます。コハクさん、いい方ですね」
 言うと、やや間を置いて続ける。
「同居人って言うのは、その……」
「ああ、先生はちゃうで。ウチの親代わりみたいなモンや」
 少々遠慮がちに訊くヒスイを可愛いと思いつつ、コハクは笑みを浮かべると手のひら一つ分ヒスイの方へ寄った。
「ヒスイには“そういうの”おらんの?」
「“そういう”……えっ、あ!?」
 きょとんとした顔でそのまま復唱するヒスイ。が、一拍遅れて理解に達したらしくその瞬間に人外の耳がぴくりと立ち上がる。
「い、いないですよ!」
「ほー? ほんまに?」
 手を左右に振り、近付かれた分だけ後退るヒスイ。
「いないです、いないです……けど……」
「おお! けど何なん!?」
「な、何でもありません!」
 目を逸らしながら口籠もるヒスイに、コハクは再び詰め寄る。彼の頬を僅かに赤らめるその様は何とも分かりやすい。
「これから“そういう”風になりたい娘がおるとか!?」
「……ッ!」
 人外の耳の先が真上を向く。彼が目を見開くとその直後、それは今度は空気が抜けた風船のように力を失って垂れ下がる。
「違いますー……」
 右手で口を覆い、恥ずかしさからか今にも泣きそうなほどに潤んだ瞳を隠すように俯いた。
「そんな、大それたこと思いませんよ……」
 震え、微かに掠れた言葉。
「……もし、思ったら――」
 そのとき声が硬さを帯びたことにコハクは気付いたが、次の瞬間ヒスイは勢いよく顔を上げた。
「も、もう、この話は止めましょう!」
 その表情に今感じられた硬質なものは窺えなかった。コハクは顎に手を当て少し考える。数秒の後、ヒスイの顔を真剣な瞳でじっと見つめると空気を切り換えるようにはっきりと言った。
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