Story.13 アリエタの夜

 最後にはリェスと、意外にもオニキスが待つ居間へ案内された。二人が座るソファの近くでは暖炉が暖かい光を灯しており、爆ぜる音が穏やかに耳に届く。オニキス自身は二人を待っていたという気はあまりなさそうで、肘掛けに頬杖をつき暖炉を見遣っていた。たまたま居ただけか、大方リェスに連れて来られたのだろう。彼女に促され、二人も向かいのソファに座る。するとメノウは何処かへ姿を消し、帰ってきたときには夕食が乗った盆を手にしていた。リェス曰く、
「これから自分のお家だと思ってもらって大丈夫だからね! ご飯もできるだけ一緒に食べようね!」
 だそうである。メノウが持ってきたのは、茸のキッシュとサラダ、リンゴンベリージャムを添えたマッシュポテト、グリーンピースをつぶしたスープ。大皿に乗ったそれらを分け合って食べる。雰囲気のせいで違和感を覚えないが、主人と雇われたものが同席して同じものを食べている、しかもそれが獣人であるという通常では有り得ない状況なのだとヒスイは気付く。そして冷静に考えればこの部屋には獣人族、鬼族、エルフ族にその他諸々と最低でも四種族が一同に会しており、もはや種族の坩堝である。特殊に特殊を重ねたような状況だった。
「…………」
 種族も何の境界もなく、同じ暖炉にあたり、一つの食卓を囲む。橙の火が照らす、柔らかい仄暗さに包まれたこの部屋だけが別世界のように感じられた。
「……口に合わなかっただろうか?」
「あっ、いえ、違います、すごく美味しいですよ!」
 そんなことを考えふと手が止まっていると、メノウはやや不安げな視線を送ってきた。訊けば、料理は趣味と言っても差し支えない程度には好きらしい。料理だけでなく家事全般も嫌いではないそうで、だからこそこの屋敷を管理できるだろう。ちなみに使われている野菜の一部はリェスが育て、卵も彼女が世話をしている雌鳥から取れたものらしい。ドレスを纏った少女と鶏という組み合わせのアンバランスさに、思わず笑ってしまったコハクだった。
「お姫(ひい)さんと鶏て……」
「えー、みんな可愛いんだよ? って言うか、お姫さん?」
「あかん? せっかくお姫さんみたいな娘とお近づきになれたんやし、呼びたいやん?」
「ふふ、変なの。じゃあメノウちゃんは?」
 リェスは口元に繊手を寄せて微笑む。
「せやなぁ、リェスのお姫さんに……メノウお嬢様?」
「な、何だそれは! やめてくれ恥ずかしい、呼び捨てで構わない……!」
 コハクはいくつか似たような案を出すが、その長い耳の先を少しばかり紅に染めた彼女にすべて却下された。
「じゃあメノウ嬢?」
「……好きに呼んでくれ」
 似たようなものから飛躍し無駄に華やかさが増していく案に、一周回ってそれが一番マシだろうと思えるようになった頃、とうとうメノウが根負けした。提案される度に何かしらの反応をする彼女を隣で眺めるリェスは、実に楽しそうであった。
「それにしてもメノウ嬢は料理上手やなぁ、ええ嫁はんになるで」
「えー、メノウちゃんは私のお嫁さんになるのー」
「リェス様……!」
 コハクは話しながら彼女らの表情や動作を注意深く観察していたものの、それ以降も殺伐とした話題が出ることはなく、リェスも相変わらずにこにことしているが裏があるような気配は全く感じられなかった。待遇の良さにも、そして不思議と不気味さを感じない自分にも逆に戸惑ってしまう。正直、拍子抜けしてしまった。
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