Story.13 アリエタの夜

「いたた……」
「その手、どうなさいましたの」
「ふふ、ちょっとね」
 苦笑し、包帯の巻かれた右の手のひらを押さえるリセ。彼女は痛みに眉を寄せていたが、それはほんの数秒で去ったようだった。
「……人助けでもして怪我しました?」
「崖から落ちそうになった友達をね、引っ張り上げるときに木の根掴んだら切れちゃって」
 あまりにも予想通り……というより予想を上回った返答に呆れた顔をしてしまったかもしれない。ハールのような人間と共にいるということ、そして短い時間ではあるが垣間見られた性格からして冗談に近い皮肉半分で言ってみたのだが、それは当たっていたようだ。
「でも人助けって言うか、フレイアの為とかそういう……あ」
 途中まで言うと一瞬目を見開き、両手で口を覆う。
「別に誰がどうと口外するつもりはありませんわ。続けてくださいな」
「えと……考えなかったよ。フレイアの為とか、人助けとか、理由なんてないよ。気付いたら身体が動いてた」
 ハールもハールだと思ったが、彼女も彼女だ。彼女は少し考える素振りを見せると続ける。
「……でも、動いたときには理由はなかったけど……手を掴んだ瞬間には、『フレイアだから』って、思ったかな」
 理由はどうあれ自らの危険を顧みず人のために動ける人間というのは一般的に賞賛されたとて異論はないが、ある意味恐ろしいと思う。自分を一番に考えることを咎める権利など誰も持っていないというのにそれでも他人に尽くせるというのは、優しさともとれるがエゴにも近い。裏を返せば、その意思の強さは悪意のない、純粋な脅威となることもありえるのだ。夜道での話ぶりからして、ハールは心のどこかでそれは感じているのかもしれない。彼女に関しては、自分は判断材料を持ち合わせていないが。しかしまあ、それにしても――――
「……何と言いますか、類友ですわねぇ」
「え?」
「いえ、何でも……それ、傷痕が残るかもしれませんわね」
 包帯を見つつ、治癒魔法を施すことを前提に声をかける。まだ包帯で保護しなければならない程度の治り具合であれば、治癒魔法をかけるのに遅いということはないだろう。今施せば綺麗に完治するはずである。フェスタがその旨を口にしようとした瞬間、それより僅かに早くリセが先に唇を開いた。
「……いいよ」
 先程は予想通り過ぎたが、今度はあまりに予想から外れた言葉に一瞬思考が止まる。しかしすぐに言い知れぬ感情が滲んできた。
「呆れた、随分と自己犠牲的ですわね」
「うーん……そうじゃない、と思うよ」
 暫し、場に沈黙が募る。フェスタは不規則に揺れ、ひらひらと舞う花びらの行方を目で追いながら次の言葉を待った。
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