Story.13 アリエタの夜

                 †

「そっか、フェスタは、待ってるんだ……」
 話し終えた後、リセは何も言わなかった。その静寂の長さに違和感を覚え、隣に座る彼女を見遣る。
「どうなさいました?」
「……私が何か言ったら、またフェスタのこと傷つけちゃうかもしれないから」
 言うと、膝を抱えたリセは俯く。その横顔には、寂しげな微笑が浮かんでいた。
「……大丈夫ですわ。『きっと会える』『そんなに想えるひとがいて素敵』……何でも仰しゃって」
 リセの耳に抑揚の無い声が届く。今までの自分なら言っていたような気がし、生唾を飲み込んだ。実のところそれに近い言葉は頭を過ぎったのだ。しかし、今の自分は言わなかった。キヨやフェスタへ自分が言ったことは、『間違った』ものではなかったと思う。しかし、『間違いではない間違い』もあるのだと、今日、理解したはずだ。ならば、今の自分なら何が言えるだろう。
「……――フェスタは、」
 ――考えるより先に、零れた声。まるでふと舞い降りてきた花弁のように、唇に乗る言の葉があった。
「……フェスタは強いね。フェスタが頑張れているのは、その人が素敵なだけじゃなくて、きっと、フェスタがとても強いからだと思うよ」
 フェスタは僅かに瞠目し、リセから目線を逸らした。
「……さあ、どうでしょうね」
 再び沈黙が花弁とともに降り注ぐ。しかし、それは重たいものではなかった。風に揺れる花の破片はきらきらと輝き、その光を失わぬまま薄桃の地面へ重なる。リセは足元に積もった花びらを掬うと白い指の隙間から零した。
「ねえ、この花びらって、どうなるの?」
「消えます、跡形も無く」
 千年樹の花弁は発光というかたちで目に見えるほど魔力の比率が高い代わりに、触れられる物体として構成しているものの比率は極端に低い。枝を離れて魔力の供給がなくなった花弁は、一定時間その姿を留めたのちに消え去る。だからいくら降り続けても街が覆われることも邪魔になるくらい厚く積もることもないのだ。
「そっかぁ……でも、消えるから綺麗なのかな」
 リセは淡い笑みを浮かべると、抱えた膝に頬を乗せる。彼女は再び花弁の海から薄桃をその手に掬い取ると、はらはらと零した。
「……私たちには普段あまりない感覚ですわね。ホウライでは、ありふれた考え方なのだそうですけれど」
「ホウ……?」
「極東に位置する島国ですわ。港にホウライからの船がよく着いているのを見ますし、こちらからも頻繁に行っているみたいですわね。古くから交流があるそうで、向こうから入ってきた文化も実は結構あるのだとか」
「あ、その国、もしかしたら昼間ハールが言ってた国か……」
 思い出した、と両手を軽く叩いた瞬間、右手に痛みが走る。
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