Story.13 アリエタの夜

     †

「うわーっ、すごーい!」
 両手を伸ばし、一身に薄桃色の雨を受けるリセ。
 ――アリエタ入口付近の高台。千年樹の根本で空を見上げれば、視界は淡く光を纏う花に埋め尽くされた。
「下もすごい! 花びらの絨毯だあっ……」
 降り注ぐ花弁を掴もうとしたり上を見たり下を見たりと忙しくはしゃぐリセと、隣で何故光っているのかを説明するフェスタ。その数歩後ろで三人も千年樹を仰いだ。
「すげぇ光ってる……」
「身も蓋も無い感想ですね……」
「あー、いや、綺麗だと思ってる」
 舞い降りる花弁を静かに眺めるフレイアと、他愛ない会話をするハールとイズム。彼らが一言二言話す間にも幾億の花の破片は降り積もってゆく。それは地に落ちてもなおぼんやりとした光を放ち続け、既に桃色で覆われた地面を更に塗り重ねていった。その上で、リセはまるで空を舞う花びらと踊っているかのようにくるくると回る。鮮やかになびく銀の髪に花の色を燈らせ、彼女は四人の方へ振り向いた。
「フェスタ、連れてきてくれてありがとう! すごいねすごいね、みんなで来て良かったね!」
 満面の笑み、とはこういうことを言うのだろうか。フェスタは無言であったが、三人は自然と頷く。
 波間に揺れる小舟のように不規則に空を踊る花弁たち。微かではあるもののその一つ一つが輝いて、辺りを照らす。一同は柔らかな光のなか、降りしきる花雨越しにアリエタの街と夜の海を見下ろした。積もりゆく心地好い静寂と花びら。ふと、今まで黙っていたフレイアが唇を開く。
「いやー……またみんなで綺麗なもの見られて、良かったなぁ」
 ぽつりと零れた呟き。不意に風が千年樹を揺らした。薄桃の雲のような花の集合はまるで頷くようにして波打ち、そこから新たな花びらが夜に舞い消えていく。だが彼女のその言葉は夜風に流れていくほど軽くはなく、三人の胸中に、イズムが魔法で創り出した蒼い鳥と彼女の涙をはっきりと浮かび上がらせた。しかし、今現実として目の前に広がるのは、千年樹と港町。それは幻想かと見紛うような光景だったが、この瞬間を共有する者があるということだけは確かだった。

 彼方まで広がる黒い海を照らす、月の虹。

 夜空を飾る星の輝き。

 今も誰かが生きている証である街の灯。

 そして、それらすべてを包み、彩る花の光。

「……これからいくらでも見られるだろ」
 千年の時が降り積もるその地に、五人の後ろ姿から薄紫の影が刻まれる。
「……うん」
 微かに震えている声には、誰も気付かないふりをして。そんな五人がともに過ごすアリエタの夜を、千年樹が見守っていた。
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