Story.13 アリエタの夜

 ――深夜、見えない何かに起こされたかのように目が覚めた。けして浅い眠りではなかったと思うのだが眠気はなく、妙なくらい頭ははっきりとしていた。
 見えない何か――言うならば、それは本能だったのかもしれない。
 外がやけに騒がしかった。一瞬誰かが喧嘩でもしているのかと思ったが、それにしては声が多すぎる。胸がざわつく。心臓を鑢で撫でられたかのような気持ち悪さを覚え、扉の取っ手に手をかけた。
「――……ッ!?」
 開いた瞬間目に飛び込んできたのは、不気味な赤い光を反射する夜空。外から確かな熱量を持って流れ込んでくる空気は煤の匂いがした。
 頭で考えるより先に身体で感じる様々な要素に一瞬にして事態を突き付けられた。混乱で止まりそうになる思考回路を必死で回し、周囲の状況を窺う。二、三軒先の荒ら屋からその先が燃えていた。まだこの家まで火の手はないがそれも時間の問題である。フェスタは扉を開け放ったまま急いで振り返り家へ入ると、なけなしの財産と数少ない生活用品を袋に詰めて素早く外套を羽織る。今回ばかりは大切な物や貴重品を持ち合わせていなくて良かったと感じざるを得なかった。走って扉を抜ければ、先程よりも高い熱を帯びた空気が肌に纏わり付く。火事を叫ぶ声、炎が燃える音、怒号、悲鳴、瓦解音が炎に包まれた通りに溢れ返る。不意にフードの下で獣の耳が何かに弾かれたように動いたのが分かった。そんななかで掻き消えそうな声を拾い上げたのだ。――自分の名を呼ぶ、雑音のなかでもはっきりと聞き分けられる声。
「――ッ、フェスタ!」
 振り返れば、燃え残った骨組みが異形の化け物のように黒く炎のなかに浮かび上がっていた。その向こう、逃げ惑う人の波に逆らうようにして駆けてくる人影が一つ。
「よかった、見つかっ、た……ッ!」
 状況が状況なので当然とも言えるが、ここまで彼が必死な様子は初めて見た。この炎と黒煙のなかを長いこと走ってきたらしく呼吸もままない。前屈みになり血でも吐くのではないかと思う程に絞り出すように咳込む。思わずフェスタは肩を支えて背を撫でようとするが、彼は手でそれを制した。
「どうなさいましたの、何故ここに? それにこれは――」
「この前話した……ッ」
 咳で言葉は途切れたが、それだけで状況を把握するには十分だった。ならば彼がここにいる理由は、自分の安否を確認するためか――
「……今、色々重なって、オレが……やったことになってる」
 一瞬、すべての音が消えたように感じた。彼の声がただの音として聞こえ、文字通り“意味が解らない”。
「沢山、人が……オレのこと、捜してる」
 数秒を置き、自分でも分かるほどに困惑に染まった瞳を向ける。彼は苦しげな、真剣な顔で見つめ返してきた。その視線に押されるようにして、僅かにたじろぐ。
 ようやく言葉の意味が思考に染み込んできたが、今度は理解したからこそ更に理解できなくなった。消えそうになる身体の感覚を何とか繋ぎ止めると、どういうことか問う。
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