Story.13 アリエタの夜

 ――彼女も、広義で括ればフェスタと『同類』であったのだ。そういう生き方をしてきた者の狡猾さと図太さ、そして悪い意味でのある種の割り切りの良さを知っている。それはそれ、これはこれというものだ。フェスタがまた盗みを働かないとは言い切れない、というのが彼女の見解なのだろう。
 彼女が疑い過ぎているということはない。正直なところ、それが正しい見方だと思う。
「……そうかもしれませんわね。でも、きっと……」
 だが今まで行動をともにし言葉を重ねたハールは、本当にフェスタは“大丈夫”であると解っている。
「貴女のその勝手な言葉に……救われている方も、いると思いますわ」
 何かしらの形での返答を待っているらしいフレイアに、彼女だけが解る程度にただ小さく頷いてみせた。
 一瞬の間。

「    」

 彼女の唇が動く。
 音として発されなかったその透明なその一言は、あの夜を越えたフレイアにとって大きな意味があるのだということも、解った。
「ねぇねぇ、明日アリエタを出る前に千年樹見に行ってみたいなぁ。仲良くなれたんだし、よければフェスタも! 」
「……お、いいねー! そういえば市街地観光しかしてなかったよねぇ、せっかく来たんだし、アリエタ満喫していこーよ!」
 リセの提案に手を挙げて賛同する姿は、既にいつものフレイアだった。イズムもその意見に首肯するが、窓に視線を遣る。
「でも、さっき空見たんですけど若干雲行きが怪しいんですよ。もしかすると明日雨が降るかもしれないので、次の宿にはできるだけ早く着いていたいところですね」
「じゃあ明日は結構早めに宿出るようか」
「いっそのこともう一泊するという手もありますよ。たまにはいいんじゃないですか」
 千年樹の高台は街の入口付近にあるため、橋とは真逆の場所にあると言える。少々時間はかかるが、せっかくアリエタに来たというのにその象徴を見ないで去るというのも勿体ない話である。明日の予定を話し合うそんな一行に、ぽつりと呟く声があった。
「あの、お疲れの方がいるところ申し訳ないのですが……今行くというのはどうでしょう」
 思わぬ一声に、一同は発言者――フェスタに注目する。彼女は、若干遠慮がちにその先を紡いでいった。
「私は昼間より夜の千年樹の方が綺麗だと、思います」
「そういえば前、店に来ていたお客さんが同じことを言ってましたね。アリエタに行ったらしくて……昼間観に行く人の方が多いそうですが、夜の千年樹は信じられないほど美しかったとか。熱く語ってましたよ」
 思い出した、という風に話すイズム。彼が住んでいたリディアスは丁度アリエタへの通過地点であり人口も多い街だった上、職業柄客との会話でそのような話を耳にする機会も多かったのだろう。
「ふおっ、そんなに綺麗なの? 見てみたいなぁ……」
「でも今から行って帰ってくるとなると……」
 目を輝かせるリセ。その表情にハールは肯定の返事をしたくなるが、時間や明日の天候のことを思うと迷いが残り簡単には頷けない。
「千年樹までの近道をお教えいたしますわ。大通りを通れば少し歩くことになりますが、地元民が使うような小道を通ればかなり時間短縮になります」
 夕方よりは打ち解けたもののさすがに友好的とは形容し難かった彼女だが、その思いがけない協力にハールは内心驚く。
「……これくらいで罪滅ぼしになるとは、思いませんが」
 しかし理由は、すぐにその一言で理解できた。そんなことを言われたら――――
「……分かった、行くか」
 ――こう言うしか、ないだろう。アリエタの夜は、まだ長そうである。
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