Story.13 アリエタの夜

「……詳しい理由は存じませんが、誰かが傷付くのを人並み以上に嫌っているのはお話ししていて解りました。ですが、私の場合、少々特殊な条件が付いていますわよね? 何故、それでも助けましたの?」
「条件?」
「私は、獣人ですわ。あの白いご友人は少し変わっているとしても、貴男、獣人を蔑みませんの」
「別に、歴史上はともかく獣人にオレが何されたわけでもねぇし」
「しましたわよね。私、貴男に盗みを働いたうえに足も払いました」
「……結局盗られてねぇし、怪我もしてねぇし」
「……それでも、私は確かに盗もうとしましたし、場合によっては危害を加えようとしましたのよ? 警戒くらい普通はするでしょう」
 しつこいまでの問い。しかし、彼女なりに思うところがあるのだろう。ハールも無下にあしらう気はなく、素直に答えることにする。首筋に手をあて、斜めに落とす視線。考える素振りを見せる彼に、フェスタは黙って次の言葉を待った。
「……まあ、正直なところ、途中までは少ししてた。さっき、お前がナイフ出すまで」
 それはついさっきのことだ。どういうことかはまだ理解できかねるが、ということは彼は二人で通りを歩いているときも、酒場へ様子を見に扉を開けてくれたときも、まだ自分を警戒していたらしい。そんな様子は見受けられなかったのだが本人が言うのだからそういうことなのだろう。彼にしたことを考えれば、正しい判断だとフェスタは思う。警戒している者を助けに行く、という人によっては理解のできないであろう判断をしたことは考慮に入れなければ、だが。
「お前、昼間オレに追い詰められたときその気になればナイフ使えたのに出さなかったってことだろ。それでお前、大丈夫だと思った」
「油断しても?」
「いや、ひととして」
 フェスタの足が止まった。ハールもそれに気付き、一拍遅れて倣う。向き合った彼女を改めて見ると、やはり小さかった。
「……条件の二つ目。貴男のご友人に、手を、上げました」
 アメジストが、今までのどの瞬間よりも真剣にハールを捉えた。真っ直ぐな眼差しで見上げてくる彼女への返答をハールは暫し思惟する。
「……二人のどっちも、間違いとは言えなかった」
 出てきたのは、単純な、本当に心からの言葉だった。ハールにとってはリセの想いもフェスタの感情も、以上でも以下でもなく、すべてはただ、その一言に終着した。静寂が、この通りには届かない花弁に代わるように降り積もっていく。微かに粘度を帯びたこの通りの夜には、どこか不似合いな静けさだった。
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