Story.13 アリエタの夜

                  †

「知り合いじゃねぇっつったのに最後のあれは無理矢理だろ……」
 扉を閉め、店から少々離れた場所まで歩いて来たところでハールは言った。言葉遣いは身分詐称と言っていたが、ああいう『設定』を使って身を守っていたのかとハールは思う。この期に及んでフェイクを続けた意味は彼女しか知り得ぬところだが、それにしても詐称というわりには本当に流暢で品のある口調と発音である。いや、詐称だからこそ本物以上に本物らしくなければならないのであろうが。一瞬そのことについて触れてみようかと考えたが、とりあえず今は詮索しないでおくことにした。
「そういや、さっき助かった。ありがとな。……一応オレが手貸しに来たのに」
 あの時フェスタが加勢してくれなかったら、正直あの男をどうしていたか分からなかった。
「……本当に、助かった」
 そして、思う。傷付けないように戦うのはいつもの自分で、それは自らも望んだことで、周りも『ハール・フィリックス』をそういう人間だと思っているのだろう。だが、そうでない自分も――――死の危機に直面すれば、“ああいう風に”考える自分も、確かにいるのだ。

『自分の身を守れますか?』

 月下の賭けに到らせた、イズムの問いが再び胸中で響く。あの夜、自分は答えを躊躇った。今でも分からない。もし自分を殺そうと本気で向かってくるのが自我を失ったリセでも、同じように剣を薙ぐ決意ができるのか。相手が無法者で死の危険があったとはいえ、人を斬ろうとした自分がいたのは――――事実だったから。
「まったく、貴男本当に斬りませんでしたわね。最悪私の治癒魔法もありますのに……」
「そういう問題じゃないだろ」
 隣を歩くフェスタに言う。先刻並んで歩いていたときの、あの刺々しい微妙な距離感はなかった。
「……お人好しも大概になさいませ。そのうち死にますわよ」
「よく言われる」
 その返答に彼女はハールの方を向く。その顔には、はっきりと呆れが滲んでいた。
「貴男のご友人も大変ですわね。さぞ心配されていることでしょう」
「――――……」
「どうなさいました?」
「ああ……そう、だな」
 ハールは間を誤魔化すように曖昧な返答をする。フェスタは彼の横顔に何かを感じたようで、それ以上追求することはなかった。
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