Story.13 アリエタの夜

 ハールへと逆手に振り翳されたダガー。角度から軌道を読むと、躱しながら相手の刃の先を狙い剣を斜めに振り上げる。刀身同士が金属音を立てたかと思うと男の得物は弾き飛ばされた。相手が振り下ろした勢いを利用し、斬ることなく最低限の力で武器を手放させる。
 痛みから手を抑える男を横目にハールは薙いだその勢いで刃を返し、隣にいた男を峰で打つ。彼の短刀に刀身を当てれば、緩んだ手から音を立てて床に落ちた。すぐに拾えないようその短刀を軽く蹴って床を滑らせ遠くへとやる。
 一瞬だけフェスタの方に目を向けたが、彼女の投げたナイフが対峙していた男の脚に突き刺さった瞬間であった。予想より善戦しそうな気配である。短剣相手であれば、近距離と飛び道具としての遠距離、どちらでも使える小型のナイフはなかなか有利に働くかもしれない。ならば自分はこちら半分に集中しようと考えた――――その時背筋に寒気が走る。ほぼ反射的に半身引いた。
「――ッ!?」
 頬を掠める風と、一筋の痛み。背後から賭けのナイフが投擲されたと気付いたときには、正面から別の男の短刀が迫っていた。急いで受け止めると、幾度か刃を交わらせる。実戦が初めてではなさそうな太刀筋に顔を見遣れば、フェスタを押し倒していた男だと気付いた。男――イーヴォの斬りつけてくる白刃を防ぎつつ峰で打つタイミングを計っていると、不意に重い一太刀。斬り返すのが一拍遅れ、脇腹の横に刃が振り下ろされた。避けられたものの、受けていたならただでは済まなかったはずだ。無意識に相手を睨めつける。返ってきたのは、軽薄な笑み。

 ――本気で、斬りにきている。

 この男は他の者よりも用心した方が良さそうだと踏み、一度剣を強く押し返し間をつくる。体勢を立て直そうと後ろに下がった瞬間――――鋭い痛みと共に左手が紅く染まった。
(――マジかよ……ッ!)
 再度、ナイフの投擲。今下がっていなかったらどこに刺さっていたかと思うと背筋が凍った。掠めただけで致命傷に至らなかったのは不幸中の幸いだが、利き手に怪我を負ったのは痛手だ。
(この前も左手やっちまったばっかなんだけどな……)
 先日の負傷はフレイアを庇ってのことだったが、今回は相手が二人だったとはいえ完全に自分の失態だ。気持ちが弛んでいるのだろうか、これでは剣技の指導をしてくれた者に申し訳が立たない。一度大きく息を吸うと血で手が滑らないよう柄を握り直す。
「後ろから狙った上に二人がかりはねぇだろうよ……ッ!」
 向かってきた短剣を痛みを無視し押し返す。店に入ってきてすぐの不意打ちで“そういう奴ら”だろうとは思っていたが、正々堂々、などという言葉が頭にないことがよく解った。それが一般的に卑怯だと罵られるものであろうがそのような意識などなくどんな手でも講じてくる。そして致命傷を与えたとしても構わないと見える攻撃。
(魔物みてぇ……)
「さっきから見てりゃ随分舐めた戦り合い方してんな、どうせ斬らねぇようにとか考えてんだろ?」
 その通りだ。殺すわけにはいかない分、ある意味魔物より質が悪い。武器を手放させたり傷付けないように戦うのは通常の戦闘より神経を使うため、正直余裕があるとは言い難い。しかし、彼らは魔物ではなく人間なのだ。止まぬ金属音。ハールの攻撃性のない戦い方を男は嘲る。
「何だよ、怖いのか?」
「ああ、怖ぇな。……人傷付けても殺しても何も感じねぇようになるのは!」
 言いながら再び刃を受け、投擲している人間はどこにいるのか視線を周囲に走らせる。方向からいくと――……いた。
 明るい緑の目をした男だ。近くのテーブルに例のナイフが散らばっている。そして彼は再びナイフを投擲する構えを見せた。
「な……ッ!?」
 斬撃を大きく弾くと咄嗟に身を屈め片膝をつく。ほぼ同時に頭上で風を切る音。ナイフは彼の頭があった空間を通過し、向かいの壁に刺さった。それを確認する間もなく振り下ろされる短剣を半ば身を投げ出すように転がって避ける。起き上がろうとした瞬間、再度斬撃。これでは立ち上がる暇もない。この状態でまたナイフを投げられたら、次は避けられるか分からない。

 ――早く、何か策を考えなければ。

 斬撃を再び避ける。床が削れる音。

 早く、白刃が投擲される前に、何か――――。

「ほら、避けるばっかじゃつまんねぇだろ?」
 頭の真横に降る刃。顔を背けて避けると、軽蔑に染まった瞳で見上げる。イーヴォは未だに防戦を選ぶハールを、馬鹿にするように見下した。
「――斬らねぇと死ぬぞガキ!」
「――う、ぁッ!?」
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