Story.13 アリエタの夜
「――獣人がそんな風にしか生きられないのは貴男方人間のせいでしょう!?」
自らのすべてをぶつけるようにして叫ぶ。急に大声を出したため微かに声が掠れ、喉がぴりぴりと痛んだ。火のついた感情は、自身の声に煽られさらに燃える。押さえ付けられる身体を無理矢理にでも起こすために床を蹴ろうとするも小柄であるゆえそれは敵わず、爪先は虚しく床板を掠めるだけだった。
「はぁ? 先に裏切ったのはテメェらだろうがよ!」
それでもどうにか身を起こそうと掴まれた手を振り切ろうとする。が、男の力に敵うはずもなかった。押さえていなければ今にも噛み付かんばかりの彼女に、辺りの空気が微かに緊張を孕んだのが伝わってくる。
「今生きている私達に何の関係があるんです!?」
「今だって獣人は犯罪者だらけじゃねぇか!」
「だからそれは――……!」
突如、フェスタの耳元で鈍い音が鳴る。その大きさに鼓膜が痺れ、言葉は止まった。
「……喚くなよ、半獣が」
脅しのかかった、低い声。何が起こったのか目だけを動かして確認する。
視界の端に捉えたのは、テーブルに深々と埋まるナイフ。その柄を握っていたのは、フェスタの右手を掴んでいた男。そういえば先刻の賭けの相手はこの人間であった。刃先があと小指一本ほどずれていたら、突き刺さっていたのは明らかだった。そしてそのナイフは賭けに使っていた小さなものではなく――武器として使う、ダガー。
「マティアス、傷付けんじゃねぇぞ。これから売っ払うんだから」
威嚇する猫のような彼女を見下しながらイーヴォが軽く制する。
「それに……喚きたいなら、喚かせてやりゃあいいだろ」
不穏な笑みを、浮かべて。
「本気かよ獣人じゃん、何持ってるか分ったもんじゃねぇだろ」
「ならお前は見てろよ、その辺の安いアマ買うよりはマシだろうよ」
「そういやこの前サウルが引っ掛けてきた女面白かったよなぁ、最後の方なんか白目剥いててー」
後方から聞こえてくる声。耳を塞ぎたくなる内容が続く。
どうにか逃げられないものかと思考を巡らすが、良い手立ては思い浮かばなかった。身体の自由は利かない。フェイクは役に立たず、一般常識が通用するほどに彼らは道徳的ではない。もう、打つ手はなかった。このような相手に怒りを覚えることすら馬鹿馬鹿しく感じ始め、絶望というよりは、冷めた諦めに支配される。
誰も味方など、いない。あの時、白い少女と友達とやらになっていたなら、お人好しに大人しく引き止められていたなら、この結末も違ったものになっていたのだろうか。それでも、これが自分で選んだ結果だ。なら、自分一人で受け止めよう。もはや、身体を這う手に何の感情も起きない。無骨な手が外套越しに脇腹から上へと滑っていき、やがてそれは頬に達する。顔を近づけられ、手が髪に触れた瞬間――
鮮明に浮かぶ千年樹の朝焼けと、彼の笑顔。
「――触らないでッ!」
先程までの諦念は嘘だったかのように全身が熱を持つ。強い嫌悪が途端に膨らみ、その手に思い切り噛み付いた。
「――ッてぇな雌猫が!」
すぐに振りほどかれると頬を殴られる。口内に血の味が広がるが、これから売るものに傷がつくのを怖れたのか本気で下した痛みではないだろうと感じた。しかし睨めつける暇もなく今度は殴ったその手で首筋を掴むと強く締め上げられる。
「ぁ、……――ッ!」
「適当に回して済ませてやろうかと思ってたけど気ィ変わったわ。……死なないように加減してやるから安心しろよ」
「……っ、……」
「売る前に少し遊んでやるだけだからさぁ」
悪態をついてやろうにも、喉から絞り出されるのは掠れた音だけだった。
「……こうやって犯ると締まりがいいんだよ」
周囲から嘲りの笑いが漏れるのが聞こえる。更に手に力が込められ、意識が白濁と霞み力が抜ける。首を絞めていない方の手が、脚に触れた瞬間――――
「……ひっ、ぁ……ッ」
ゆっくりと、扉が軋む音がした。
自らのすべてをぶつけるようにして叫ぶ。急に大声を出したため微かに声が掠れ、喉がぴりぴりと痛んだ。火のついた感情は、自身の声に煽られさらに燃える。押さえ付けられる身体を無理矢理にでも起こすために床を蹴ろうとするも小柄であるゆえそれは敵わず、爪先は虚しく床板を掠めるだけだった。
「はぁ? 先に裏切ったのはテメェらだろうがよ!」
それでもどうにか身を起こそうと掴まれた手を振り切ろうとする。が、男の力に敵うはずもなかった。押さえていなければ今にも噛み付かんばかりの彼女に、辺りの空気が微かに緊張を孕んだのが伝わってくる。
「今生きている私達に何の関係があるんです!?」
「今だって獣人は犯罪者だらけじゃねぇか!」
「だからそれは――……!」
突如、フェスタの耳元で鈍い音が鳴る。その大きさに鼓膜が痺れ、言葉は止まった。
「……喚くなよ、半獣が」
脅しのかかった、低い声。何が起こったのか目だけを動かして確認する。
視界の端に捉えたのは、テーブルに深々と埋まるナイフ。その柄を握っていたのは、フェスタの右手を掴んでいた男。そういえば先刻の賭けの相手はこの人間であった。刃先があと小指一本ほどずれていたら、突き刺さっていたのは明らかだった。そしてそのナイフは賭けに使っていた小さなものではなく――武器として使う、ダガー。
「マティアス、傷付けんじゃねぇぞ。これから売っ払うんだから」
威嚇する猫のような彼女を見下しながらイーヴォが軽く制する。
「それに……喚きたいなら、喚かせてやりゃあいいだろ」
不穏な笑みを、浮かべて。
「本気かよ獣人じゃん、何持ってるか分ったもんじゃねぇだろ」
「ならお前は見てろよ、その辺の安いアマ買うよりはマシだろうよ」
「そういやこの前サウルが引っ掛けてきた女面白かったよなぁ、最後の方なんか白目剥いててー」
後方から聞こえてくる声。耳を塞ぎたくなる内容が続く。
どうにか逃げられないものかと思考を巡らすが、良い手立ては思い浮かばなかった。身体の自由は利かない。フェイクは役に立たず、一般常識が通用するほどに彼らは道徳的ではない。もう、打つ手はなかった。このような相手に怒りを覚えることすら馬鹿馬鹿しく感じ始め、絶望というよりは、冷めた諦めに支配される。
誰も味方など、いない。あの時、白い少女と友達とやらになっていたなら、お人好しに大人しく引き止められていたなら、この結末も違ったものになっていたのだろうか。それでも、これが自分で選んだ結果だ。なら、自分一人で受け止めよう。もはや、身体を這う手に何の感情も起きない。無骨な手が外套越しに脇腹から上へと滑っていき、やがてそれは頬に達する。顔を近づけられ、手が髪に触れた瞬間――
鮮明に浮かぶ千年樹の朝焼けと、彼の笑顔。
「――触らないでッ!」
先程までの諦念は嘘だったかのように全身が熱を持つ。強い嫌悪が途端に膨らみ、その手に思い切り噛み付いた。
「――ッてぇな雌猫が!」
すぐに振りほどかれると頬を殴られる。口内に血の味が広がるが、これから売るものに傷がつくのを怖れたのか本気で下した痛みではないだろうと感じた。しかし睨めつける暇もなく今度は殴ったその手で首筋を掴むと強く締め上げられる。
「ぁ、……――ッ!」
「適当に回して済ませてやろうかと思ってたけど気ィ変わったわ。……死なないように加減してやるから安心しろよ」
「……っ、……」
「売る前に少し遊んでやるだけだからさぁ」
悪態をついてやろうにも、喉から絞り出されるのは掠れた音だけだった。
「……こうやって犯ると締まりがいいんだよ」
周囲から嘲りの笑いが漏れるのが聞こえる。更に手に力が込められ、意識が白濁と霞み力が抜ける。首を絞めていない方の手が、脚に触れた瞬間――――
「……ひっ、ぁ……ッ」
ゆっくりと、扉が軋む音がした。