Story.13 アリエタの夜

「……“何かされた”状態で帰せば私は必ずその旨をご報告致しますし、軟禁でもして帰さなければ捜索の手は伸びてくるでしょう。誰にもバレない、というのは不可能ですわね」
 余裕があると見えるよう、ややゆっくりと話す。それは言葉を詰まらせないように考えながら喋るためでもある。設定に準えて反論を作っていく。徹底的に、フェイクを突き通す。
 しかし、背後から伝わってくるのは笑みを浮かべる気配。“権力者の庇護下にいる者を傷付けた場合”を想定できないほどに頭が足りないのか、もしくは――――……嫌な予感が、する。
「ああ、地下に売り払うというのは最も見つかる可能性が高いですわよ? 元々あの方はその界隈にお詳しいですし、そうやって私をお買いになられましたので」
 自分ではなく母を、だが。駄目押しにも相手が動じる様子はなく、心中で焦りが募る。あくまでそれが真実であるように見せなければ。今までも、そうやって欺いてきたではないか。床に押し付けられているせいで、左胸の奥で心臓が暴れているのをより確かに感じる。その音が聞こえてしまうのではないかという有り得ない事態への不安まで生まれてきた。
(……まずい)
 自分はもっと強いと思っていたのに。この程度のか細い精神だったというのか。絶対に、悟られたくない。
「だからさぁ、捜したってモノ自体が無けりゃいいんだろ?」
「……何が、仰りたいんですの?」
 言葉の意味を図りかねた一瞬。
 背の重みが無くなったと同時に、腕がもがれるのではないかという勢いで後ろから強く引かれた。そして強引に立たされたかと思うと再び背に痛みが走る。
「今まで盗られた分、身体で払ってもらおうかってヤツだよ」
 強く押されテーブルに叩き付けられたと気づいたときには、既に痛みに息を詰まらせていた。眉根を寄せながら、口角を吊り上げ見下す男達を睨みつける。
「何、を……」
「おいおい、まさか色気あること考えてんじゃねェだろうな」
 言うと彼女の顔の横に手が伸びる。身体が本能的に跳ねそうになる、が、唇を噛んでそれを抑える。
 ――弱みを見せてなるものか。
 一瞬でも虚勢が崩れたら――他のものも、崩れてしまいそうだった。手は更に上に伸びる。彼がテーブルの奥に手を届かせるため脚の間に割って入ると気色悪さに毛が逆立つのを感じた。
 瞬間、獣の耳元で金属音。
「身体っつってもその中身だよ」
 何かが喉元に当てられる。鈍く明かりを照り返すそれは――先刻賭けに使っていたナイフ。
「獣人の手足やらハラワタやらを馬鹿みてぇな高値で欲しがる頭のイカれた野郎共がいんだよ、信じらんねぇけどな……そういう奴らへ獣人を“加工”して売る仲介人に引き渡すと俺らは貰えるもん貰えるってワケだ」
 ぞくり、と全身の肌が粟立つ。イーヴォの言う“加工”の意味を思うと脊髄に冷水が注がれたかのような悪寒が走った。人体を切り離すなど、ましてやその内側まで暴くなど正気の沙汰ではない。欲しがる人間がいることにも驚愕するが、それ以上に金のためならそれを出来る者がいるということに驚きを隠せない。より深くこの界隈に身を浸せば、自分の想像もし得ない闇が広がっているのだろう。
「バラして売っちまえばお前かどうかなんて分かりゃしねぇってこった。俺らの手元には金しか残んねぇしな」
 何のための臓器や部位の売買かなど考えたくもないが、恐らくは邪教の儀式や呪い、まじないのためだ。以前別の店でその手の話題を聞いたことがある。その辺りに転がっている獣人が大金に変わる方法がある、と。今でも人里離れた集落では広く認知されている神々とは別の信仰をしている者達がいるらしい。そして、それは一部貴族でも密やかに浸透しているのだそうだ。政敵を蹴落とすための効くかどうかも曖昧な呪い、法に触れるような秘密を共有させ連帯感を結ぶため、そして有り余る富と退屈な日常を慰める、残虐な昂揚と禁忌。それは様々な用途となって、煌びやかな悪魔たちの需要に値するのだ。
「……そのイカれた方々のお手伝いをするなんて、ご立派な身体に乗っている頭はただの飾りではないだろうと思っていましたが、少々買いかぶり過ぎていたようですわね」
 金のある人間の考えることは理解できないが、彼らの理解にも苦しむ。――理解したくもないが。
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