Story.13 アリエタの夜
「……ごめん」
「もう、謝らないでください。気にかけてくださってありがとうございます」
まるで自分が悪いかのような顔をして俯く彼に、フェスタは困ったように笑む。
「これからも私は私で何とかします。無駄にしぶとい私より、お優しすぎるリリィさんを心配なさった方がいいですわ」
冗談めかした言葉に微笑み乗せ、彼の顔に両手を添える。俯きを正すように上を向かせれば、彼はまた申し訳なさそうに目を逸らした。舞い降りてくる花の欠片。二人の間を揺れ、音も無く地へと重なり続ける。幾枚かそれを繰り返したのち、彼はフェスタを見つめ返した。
「……しっかり、貴男が守って差し上げて」
「……うん」
「そんな顔なさらないで。貴男が守らないで誰がリリィさんを守りますの?」
顔を寄せ、額を彼のそれにつける。白く柔らかな朝の逆光が、二人の影を縁取った。
「お姉様を大事になさって、誰よりも……たった一人の、家族なんですもの」
顔が近いせいか、互いに自然と囁き声になる。その言葉はまるで光に溶けるように、優しく耳の奥へと届く。
「私は、大丈夫」
「……フェスタは強いな」
今度は彼が困ったように微笑んだ。フェスタは穏やかに頷くと、千年樹の花弁のような唇から言葉を紡ぐ。
「私を信じてください」
優しく、そして強い声。彼は目を見開く。その一瞬ののち再び眉を僅かに寄せ、困ったように――否、涙を導く感情を抑えるような笑みを見せた。
「約束する」
返されるのは、強く、そして優しい声。
彼のその答えに、フェスタは満足そうに笑った。頬を包んでいた両の手を離すと、再び花弁の絨毯の上へと戻す。彼もフェスタに向いていた身体の向きを直し、千年樹に背を預けた。
「少しでもフェスタが楽になれる方法があればな……治癒魔法、商売にできないの?」
出逢ったあの日、オレンジを拾ったあと魔法での擦り傷の治癒を見せたゆえ、フェスタが治癒魔法を使えることを彼は知っている。傷を心配した際にフェスタが「治る」ではなく「治せる」と言った意味をすぐに理解したようだった。
「役場まで申請に行きましたが、獣人だと知った途端に追い払われましたわ」
溜め息を吐く。しかしそれは心からの深刻なものではなく形式的なものだ。行く前から分かってはいたのだが駄目で元々ということで挑戦してみたのだった。結果は予想通りだった。今更落ち込むも何もない。「やっぱりか」、それだけの感想だ。
「……法外の診療所も考えて、ちょっと行ってみたのですけど……あれは本当に表に出てきてはならない方々のためのものですわね。もう関わりたくありませんし、下手に癒者であることをバラすべきではないと痛感いたしましたわ。何に、利用されるか……」
言うと、空を見上げ――そこに空はなかった。あるのは、花の天井。柔らかく光る視界いっぱいの桃色を見ていると、そんなことはどうでもよくなってしまう。
しばし黙って降り注ぐ花びらを見つめていると、それらははらはらと顔にも落ちてくる。瞼の上にかかったひとひらに薄く目を閉じると、優しく退けてくれる指が隣から伸びてきた。
「そういえば、初めて逢ったときびっくりしたんだ、こんな喋り方するから」
きっと、話題を変えてくれたのだろう。その指先と同じくらい優しい声に、誘われるようにして顔を向ける。
「……私には不相応だと解ってはいますけど、母様が遺してくれたものですから」
「ちがうちがう、そういう意味じゃなくて……!」
慌てて手を左右に振る彼。
「綺麗だからびっくりしたんだよ、追われてるお嬢様でも助けちゃったのかと思って……」
「まあ」
互いに笑みを浮かべる。まるで千年樹も笑んでいるかのように、風に揺れた。
樹の名の通り、こんな時間が千年続きますように。
いつまでも、こんな日々が続きますように。
そう、思っていた。
「もう、謝らないでください。気にかけてくださってありがとうございます」
まるで自分が悪いかのような顔をして俯く彼に、フェスタは困ったように笑む。
「これからも私は私で何とかします。無駄にしぶとい私より、お優しすぎるリリィさんを心配なさった方がいいですわ」
冗談めかした言葉に微笑み乗せ、彼の顔に両手を添える。俯きを正すように上を向かせれば、彼はまた申し訳なさそうに目を逸らした。舞い降りてくる花の欠片。二人の間を揺れ、音も無く地へと重なり続ける。幾枚かそれを繰り返したのち、彼はフェスタを見つめ返した。
「……しっかり、貴男が守って差し上げて」
「……うん」
「そんな顔なさらないで。貴男が守らないで誰がリリィさんを守りますの?」
顔を寄せ、額を彼のそれにつける。白く柔らかな朝の逆光が、二人の影を縁取った。
「お姉様を大事になさって、誰よりも……たった一人の、家族なんですもの」
顔が近いせいか、互いに自然と囁き声になる。その言葉はまるで光に溶けるように、優しく耳の奥へと届く。
「私は、大丈夫」
「……フェスタは強いな」
今度は彼が困ったように微笑んだ。フェスタは穏やかに頷くと、千年樹の花弁のような唇から言葉を紡ぐ。
「私を信じてください」
優しく、そして強い声。彼は目を見開く。その一瞬ののち再び眉を僅かに寄せ、困ったように――否、涙を導く感情を抑えるような笑みを見せた。
「約束する」
返されるのは、強く、そして優しい声。
彼のその答えに、フェスタは満足そうに笑った。頬を包んでいた両の手を離すと、再び花弁の絨毯の上へと戻す。彼もフェスタに向いていた身体の向きを直し、千年樹に背を預けた。
「少しでもフェスタが楽になれる方法があればな……治癒魔法、商売にできないの?」
出逢ったあの日、オレンジを拾ったあと魔法での擦り傷の治癒を見せたゆえ、フェスタが治癒魔法を使えることを彼は知っている。傷を心配した際にフェスタが「治る」ではなく「治せる」と言った意味をすぐに理解したようだった。
「役場まで申請に行きましたが、獣人だと知った途端に追い払われましたわ」
溜め息を吐く。しかしそれは心からの深刻なものではなく形式的なものだ。行く前から分かってはいたのだが駄目で元々ということで挑戦してみたのだった。結果は予想通りだった。今更落ち込むも何もない。「やっぱりか」、それだけの感想だ。
「……法外の診療所も考えて、ちょっと行ってみたのですけど……あれは本当に表に出てきてはならない方々のためのものですわね。もう関わりたくありませんし、下手に癒者であることをバラすべきではないと痛感いたしましたわ。何に、利用されるか……」
言うと、空を見上げ――そこに空はなかった。あるのは、花の天井。柔らかく光る視界いっぱいの桃色を見ていると、そんなことはどうでもよくなってしまう。
しばし黙って降り注ぐ花びらを見つめていると、それらははらはらと顔にも落ちてくる。瞼の上にかかったひとひらに薄く目を閉じると、優しく退けてくれる指が隣から伸びてきた。
「そういえば、初めて逢ったときびっくりしたんだ、こんな喋り方するから」
きっと、話題を変えてくれたのだろう。その指先と同じくらい優しい声に、誘われるようにして顔を向ける。
「……私には不相応だと解ってはいますけど、母様が遺してくれたものですから」
「ちがうちがう、そういう意味じゃなくて……!」
慌てて手を左右に振る彼。
「綺麗だからびっくりしたんだよ、追われてるお嬢様でも助けちゃったのかと思って……」
「まあ」
互いに笑みを浮かべる。まるで千年樹も笑んでいるかのように、風に揺れた。
樹の名の通り、こんな時間が千年続きますように。
いつまでも、こんな日々が続きますように。
そう、思っていた。