Story.3 WHITE NOISE

夜の空気が、身体と共に思考からも熱を奪っていく。衝動的に飛び出してきてしまったが、落ち着いて考えてみれば八方塞がりだった。
 倒れていた場所に戻るには丸一日かかるし、記憶を失う以前に自分がこの辺りを通ったという確証もなく、何か手掛かりがあるかも分からない。
「……何やってるんだろ」
 ぽつりと落ちた言葉。とはいえ家に戻ったとして状況は変わるわけもなく、だったら今自分にできることをしたい。
 ――――探そう。
 どんな形でもいい。手掛かりを、自分の、他でもない『リセ・シルヴィア』の痕跡を。
 足元に何か落ちていないか注意深く観察しながら歩く。夜の色をかけられた地面に、自分の白い靴だけが浮いて見えた。
(私、だけ――)
 思考を振り払うように小さく頭を振った。落ち着くのは悪いことではないが、余計なことを考える隙は、今いらない。大きく息を吐き、気持ちを肺のなかの空気と共に切り替えると、改めて暗闇に目を凝らす。
 もし手掛かりがあるとしたらどんなものだろう。帽子が落ちていたことを考えると、容易く外れてしまいそうな装飾品――例えば、指輪、耳飾り、ペンダント――とか。三つ目は外れやすいかどうか微妙なところだが、考えられないことはない。
 思い返してみると、自分はそういった類のものを身に着けていなかった。もしかしたら、本当に落としてしまったからなのかもしれない。何故かは分からないが、そんな気がしていた。推測の域は出ないが探すしかない。不可能に近いことかもしれないが、失くした記憶の欠片を追い求めるよりはずっと簡単なように思えた。
「……きゃっ!」
 ひやり。
 右頬に、氷の舌で舐められたかのような感覚。
 恐る恐るそちらに目を向ければ、夜露に濡れた葉が頬を撫でたのだった。視覚的にも精神的にも、暗さがすべてを異形に変える。
「葉っぱかぁ……」
 無意識に胸の前で手を握った。まるで指先が何かを求めているような、『そこにあったもの』に触れようとしているような――……
 握った手が震える。強く握りすぎたせいか、他の理由か。
「……早くしなくちゃ」 
 こんなことでもたついている暇はない。あまり遅くなり過ぎれば、更に心配と迷惑をかけてしまうだろう。
「もし、何も見つからなかったら……」
 このまま――――
 首を横に振り、思考を打ち消した。
 胸の底では、それでもいいかもしれないと思っている自分がいるのに、気付かないふりをして。
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