Story.13 アリエタの夜
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小気味良く、刃物が板に刺さる音。
「――私の勝ちですわね」
円を描くように的に書き殴られた一から二十までの数字。たった今、最後の数が書かれた区分の真ん中にナイフが突き立てられた。その柄の延長線上にいるのは、投げた姿勢のまま右手を延ばした外套の少女。
遠くの席から下卑た言葉が向けられた気がするが、いちいち本気に取るほど繊細な精神は持ち合わせていない。彼らのそれに深い意味など無く、道端に唾を吐き捨てる感覚なのだから。
フェスタはテーブルに置かれた自分の掛け金、そして相手の掛け金を手で滑り寄せ革袋のなかに落とす。わざとらしい程に金属同士がぶつかり合う音が響いた。
ルールはその日の彼らの気分次第だが、今夜は一番から二十番の区域に順番にナイフを投げていき、早く的を一周した方が勝ち、というものだった。なんにせよ、ルールなどどうでも良い。投擲の精度さえあれば結果は変わらない。
賭けているのは一杯の酒やこの後の時間などではなく、金そのものだ。遊びであって、彼女にとっては遊びでない。この生活を、命を繋ぐ手段である。
いつの頃からか、金銭工面の大部分は賭け事になった。その中でもナイフ投げに限定する。下手に頭を使ったりイカサマで見つかる危険を犯したりするよりは、技術を磨く方が自分には向いている。
――それに、時間は有り余るほどあった。人間よりは遥かに短いと解っていながらも、独りで過ごすには、あまりに長い時間。暇つぶしも兼ねて部屋で投げていれば、嫌でも上達する。しかしここで稼ぎすぎて出入りができなくなっては元も子もないので、適度に抑えて残りの不足分のみスリで補うのだ。
「……さて、そろそろお暇いたしますわ」
「まーた勝ち逃げかよ」
「あら、ではもう一戦参加してもよろしいのですか? 私が逃げた方が、貴男方の懐にはありがたいのではなくて?」
どこからか舌打ち。事実だからこそ苛つくのだろう。
「生憎、賭け事にがめつくはありませんの。私は、楽しむためにココに来ているのですから」
真実が半分、嘘が半分。勝ちすぎては賭けに参加できなくなる。もしかしたら負かすことができるかもしれないという期待は失わせないように、かつ負けない程度に狙いを外すのだ。けして荒稼ぎをするような賭け方はしない。それは『余裕』の演出にもなる。
「では、失礼いたしますわ。私がいないのが見つかったら大変……」
瞬間、肩に衝撃。
後ろへ倒れ込む、浮遊感。
「――――ッ!?」
同時に、視界が反転した。