Story.1 白の狂気

 嘘だと、言って欲しい。悪夢なら、今すぐ覚めろ。目の前の現実を、誰か消し去ってくれ――――
「……ッ、――」
 思わず目を覆いたくなる惨劇に、立ち尽すハール。
 これは一体、どういった事だ?
 花冠を渡してきた少女。話を聞かせて欲しいと見つめてきた少女。自分が説明している最中、懸命に理解しようと唸っていた少女。
 あの少女は何処へいった――!?
 耳障りな魔物の悲鳴。吐き気さえ込み上げてくる惨状を引き起こしている目の前の人間とあの少女が同一人物だとは信じられない。何かの間違いではないだろうか。そうであってほしい。
(これは、魔法……だよな!?) 
 しかし願いも虚しく、状況が変わることは無かった。どう見ても、これは『攻撃魔法』。彼女が魔法を使えるのは、分かった。そう言われれば、服も魔導士らしいといえばらしい――――
(って、そんな悠長なこと考えている場合じゃねぇだろ!) 
 とにかく止めさせなければ。いくら何でも、これはやりすぎだ――
 制止を呼び掛けようとする、が。

「――――……」

 自分は呼ぶべき彼女の名を、知らない。

 そうこうしている内に、魔物の悲痛な聲は途切れた。ぐったりと白眼を剥き、もはや傷だらけの『かつて生きていた物体』は魔法を解かれ、最後の一頭が地面に落とされる。
「もう、終わり……?」
 まだ熱っぽさの残る声で、そう呟く。そして、振り返る。向けられた瞳は、先程魔物に向けられていたものと同じものだった。
「……ッ!?」
 口元に浮かぶ、妖しい笑み。心臓が掴まれたかのような衝撃。これは、もしや――
「次は――『コレ』……?」
 ぞくりとするほど艶のあるその表情に思わず見惚れてしまいそうになるが――
(――マジかよ!?)
 そんな余裕など、微塵もない。
 再び、少女の右手に純白の微細な光が収束する。
 この距離であんな攻撃を受けたら、確実にこの世に別れを告げることになる。応戦? そんなこと出来ない。逃げる? 逃げ切れるわけない。押さえ込む? その間に魔法が飛んでくる事受け合い――……
(あーもうどうすりゃいいんだよ!?)
 一連の選択肢を一瞬で考え、全て却下する。
 その間にも少女の手は伸び、そして――……

 ビクッ、

 ――突如、少女の動きが固まった。光球は霧散し、瞳の熱は急速に冷める。
「え……?」
「――――……」
 とさり、と、重みが身体にかかる。彼女の身体から力が抜け、咄嗟に差し出したハールの腕に収まった。閉じた瞼、今は妖艶さの欠片もない桜色の唇には、微笑も浮かんでいない。
「……え…………おい?」
「……すー……」
「……寝て、る……?」
 安心しきった寝顔は、先程の事態が嘘であるかのような幼さがある。突然の豹変ぶりに、ハールは驚きを通り越して何と言っていいやら分からない。
(何、だったんだ……今の……?)
 夢だったと思いたいが、辺りに広がる血の臭いと無惨な魔物の骸が夢ではないという現実を突き付けていた。たった数分間の出来事だったはず。それなのに、恐ろしく長い時間に感じた。
 自分の腕の中にいる、髪に不思議な光を宿す少女に視線を落とす。

 ――どうやら、自分は『大変なモノ』を拾ってしまったらしい。

 ハールの不安と混乱をよそに、少女は彼の腕の中で小さな寝息を立てている。

(どうするよ、これ……)

 ――踏み付けられ解けた花冠だけが、地に静かに横たわり、二人を見つめていた。


To the next story……

originalUP:2007
remakeUP:2012.7.31
16/16ページ
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