Story.12 港町の黒猫
角を曲がった瞬間、下から上がった少女の声。ぶつかってしまったのだと気付き視線を落とすと、見覚えのある茶色いフードに覆われた頭が視界に入った。
「お前……」
「貴男は……」
そしてそのフードの奥から顔の左右に流れる蒼海の髪と、驚きに見開かれた紫の瞳。
「お前何でこんな処に……」
彼女――フェスタは相手がハールだと認めた瞬間素早く身体を離すと、後ろへ一歩距離を取った。
「それはこちらの台詞ですわ」
吐き捨てるように言うと、腕を組んで睨み上げる。
「この路地は自警団ですら手が出せないアリエタのゴミ溜めですわよ。真っ当な善人が来るような場所ではありません、さっさとお帰りなさいな……ご存知なくいらっしゃった、というわけではないでしょう」
「知ってるに決まってるだろ。てかお前こそヤバいだろうが。……夜にこの辺りで女一人とか」
「まぁ、泥棒猫の心配をしてくれますの? 随分と心の広い方なんですのね」
そう言いながら、心なしか声が低くなる。まったく、吐き気がするほどお人よしだ。そしてふと先刻の白い服の少女が脳裏を過ぎる。
人外の耳を晒せば、他の人間達のように気持ち悪がってすぐに追い出すと考えての行動だったのに、褒めた挙げ句に友人の申し込みときた。思い出すだけでも神経を逆なでされる。
しかし手を上げたのは、彼女自体が原因では無い。
少女を叩いた右手を握る。それは咄嗟に偽名を名乗ることすら出来なかった自分への苛立ちからだった。気付いたら、手が空を切っていた。彼女の驚いた表情が目に焼き付いている。あの後、泣いたのだろうか。
(……馬鹿馬鹿しい)
小さく息を吐くと、先程よりはやや刺の取れた声で続けた。
「……ほら、さっさとお帰りになられたらいかがです? お友達も心配されているのでは?」
「いや、お前だって――」
「夜遅くまで起きている子は魔族に攫われますわよ?」
彼の言葉を遮る。呆れた。“お前だって”何だと言うのだ。大きなお世話だ。ここまで突き放してもなお善人面をするのか。
「あぁ、それとも――」
――――苛つく。
「言うコトを聞かない子は獣人に心臓を食べられる、と言った方がよろしいかしら?」
「ガキ扱いかよ……」
どちらとも、小さな子供を躾ける際に親が言う決まり文句である。平等だ種族の文化だのと体裁だけ整えたとて、それが長い間に根付いた思考や日常的な習慣を突然消しさるなど所詮は不可能ということだ。
「……分かった、足止めして悪かった。帰ればいいんだろ」
言葉は刺々しいものの、彼女が言うことはもっともだ。自分にとやかく言う権利などない。それに元々帰ろうとしていたところだ。宿へと戻ろうと再び歩き出し、彼女も歩を進める。
「お前……」
「貴男は……」
そしてそのフードの奥から顔の左右に流れる蒼海の髪と、驚きに見開かれた紫の瞳。
「お前何でこんな処に……」
彼女――フェスタは相手がハールだと認めた瞬間素早く身体を離すと、後ろへ一歩距離を取った。
「それはこちらの台詞ですわ」
吐き捨てるように言うと、腕を組んで睨み上げる。
「この路地は自警団ですら手が出せないアリエタのゴミ溜めですわよ。真っ当な善人が来るような場所ではありません、さっさとお帰りなさいな……ご存知なくいらっしゃった、というわけではないでしょう」
「知ってるに決まってるだろ。てかお前こそヤバいだろうが。……夜にこの辺りで女一人とか」
「まぁ、泥棒猫の心配をしてくれますの? 随分と心の広い方なんですのね」
そう言いながら、心なしか声が低くなる。まったく、吐き気がするほどお人よしだ。そしてふと先刻の白い服の少女が脳裏を過ぎる。
人外の耳を晒せば、他の人間達のように気持ち悪がってすぐに追い出すと考えての行動だったのに、褒めた挙げ句に友人の申し込みときた。思い出すだけでも神経を逆なでされる。
しかし手を上げたのは、彼女自体が原因では無い。
少女を叩いた右手を握る。それは咄嗟に偽名を名乗ることすら出来なかった自分への苛立ちからだった。気付いたら、手が空を切っていた。彼女の驚いた表情が目に焼き付いている。あの後、泣いたのだろうか。
(……馬鹿馬鹿しい)
小さく息を吐くと、先程よりはやや刺の取れた声で続けた。
「……ほら、さっさとお帰りになられたらいかがです? お友達も心配されているのでは?」
「いや、お前だって――」
「夜遅くまで起きている子は魔族に攫われますわよ?」
彼の言葉を遮る。呆れた。“お前だって”何だと言うのだ。大きなお世話だ。ここまで突き放してもなお善人面をするのか。
「あぁ、それとも――」
――――苛つく。
「言うコトを聞かない子は獣人に心臓を食べられる、と言った方がよろしいかしら?」
「ガキ扱いかよ……」
どちらとも、小さな子供を躾ける際に親が言う決まり文句である。平等だ種族の文化だのと体裁だけ整えたとて、それが長い間に根付いた思考や日常的な習慣を突然消しさるなど所詮は不可能ということだ。
「……分かった、足止めして悪かった。帰ればいいんだろ」
言葉は刺々しいものの、彼女が言うことはもっともだ。自分にとやかく言う権利などない。それに元々帰ろうとしていたところだ。宿へと戻ろうと再び歩き出し、彼女も歩を進める。