Story.12 港町の黒猫

───・…・†・…・───

「それじゃあ――……」

 リェスの微笑に、コハクとヒスイ、そしてメノウまでもが息を呑み、身を硬くする。
 そして幻想かと見紛う少女が唇を割り、そこから放たれる言葉は―――― 

「今日はこれにて解散!」

「え、」
「はい?」
 次はどのような言葉が発せられるのだろうと身構えていたコハクとヒスイは、思わぬ解散宣言に目を丸くした。
 二人の表情の変化に、リェスはくすくすと笑う。
「もうお仕事の説明は終わったよ、ある人達からレーヴァテインを回収してくること、以上!」
 さも容易なことのように言いのける。が、彼女の『回収』という言葉が指す意味を思うと、簡単に首を縦に振ることもできなかった。
「……って、その前にまだやるかどうか聞いてなかったねー、ごめんね」
 リェスもその点に気付いたらしく、ぽんと手を叩く。どこまでも自身の発言と見合わぬ動作だ。
「ヒスイ君は、お金が必要でそんな無理な働き方してるんだよね」
 ヒスイに、そして自分自身に確認するようにゆっくりと問い掛ける。一歩彼に近づくと、先程より少しだけ小さな声で続けた。
「下世話なこと訊くから先に謝るね、ごめんね、いくら必要?」
 あまりに直球な質問に目を見開くヒスイ。普段の自分なら、間違いなく適当にはぐらかしていただろう。
 だが、呆気にとられていたせいか、それともリェスが纏う雰囲気のせいか。彼女に聞こえる程度の小さな声で、それを伝えた。素直に答えてしまったことに、彼自身驚きながら。
 リェスは、ふむ、と唇に手を当て一瞬思案するような仕種をする。そしてヒスイに笑いかけた。
「了解です」
「了解って……え?」
「ヒスイ君のお給料決定」
 『思案するような仕種』の思案するところは、決断の早さからして値段ではなかったようである。別の事柄か、もしくは、本当に思案する“ような”仕種だっただけとも言える。
「コハクちゃんも同じでいいかなぁ」
 心理が、窺えない。なのに不気味さを感じさせないのはその天性の外見のせいなのか、他の何かなのか。コハクは問われながら、その答えを探すように彼女を見つめる。
「コハクちゃんは、どうする? 多分戦えるんだよね、携帯水晶持ってるし」 
 目敏いなと思う。別段隠しているわけではないので、おかしいことではないのだが。
「ウチ、安ぅないけど?」
「言い値で買わせて貰おうかな」
 ふふ、と笑うリェス。『買う』という言葉に対して何の嫌味もない。金銭を連想せざるを得ない言葉であるはずなのに、それを感じさせない。そしてかつ、外見とは裏腹に豪胆とも言える発言。大した度胸というか、何と言うか。
 彼女のペースに呑まれてしまうことに心ばかりの抵抗をすべくいつもの調子で言ってみたのだか、呆気なく、しかも上を行く余裕の返答をされてしまった。
 しかし、このリェスという少女はすべてにおいて推測が不可能だ。彼女は一体何者なのか。なぜ転生魔法具などというものを知っているのか。それを封印できるというのは先刻の見たこともない治癒魔法と関係があるのか。
 世界の滅亡? レーヴァテイン? これらの話に現実味は無い。しかし、自分たちを騙してどうこうしようだとか、そういった――例えば先刻の強盗未遂のような類の『安っぽいこと』――が絡んでいる気配も無かった。
「……せやなぁ」
 ――どうせ自分に纏わりつく『現状』は、どうあがいても剥がれ落ちることはないと痛いほどに理解している。そしておそらく、それを変えてくれる条件はこの世に一つだけ。それすら不確かではあるのだが、微かな可能性はあると思っている。この件に関わることは残念ながらその条件と繋がることはない。なら、自らを危険に晒し、またレーヴァテインとやらを持っているにしても見ず知らずの他人をどうこうしようとは思えない。彼女が提示するのは好条件に違いないのだろうが、頷くに十分な理由も見つからなかった。
 ――逆に言えば、それに関係があれば、ということでもあるのだが。
「……悪いけど、ウチは――」
「あ、そうだ、レーヴァテインがどんな形か見せなきゃだったね。あと、その人たちも見せるね。この時間だから多分寝てるとは思うけど」
「“見る”?」
「うん、この水鏡に映るの。どうぞ」
 リェスは背後にあったそれに近づくと、繊細な細工を施された縁に手を置く。
 レーヴァテインとこの水鏡とを転移水晶が一定の場所と連携しているように同質の魔力で繋がりを持たせ、その周辺の情景を映し出すということだろうか。映すということと連携のために、幾つもの命令を課した魔法が織り重なっているに違いない。魔力に関しての知識は同居人からの付け焼刃であるが、そんな類のものではないかとコハクは予想する。相当複雑な魔法具だろう。
 彼女に言われるまま覗き込む。映ったのは夜の山中と、焚き火が照らす四人の人影。
 その人物たちは起きていた。正確には、半数が。内男性に見える二人は火からやや離れた場所で布を敷いて横になり、女性二人は火の近くに座っている人物が一人、その隣に立っている人物が一人。前者の少女は篝火の橙を映す銀髪を揺らし、うつらうつらとして今にも眠ってしまいそうだ。かくんっ、と首が下がりその衝撃で一旦意識を取り戻すが、まだまだ寝そうな雰囲気だ。というよりは、このままでは絶対にそうなる事受け合いだった。
 そんな彼女の様子を見、隣の少女は困ったように笑う。
 音声までは中継できないのか、その唇が無音で動く。何事か言ったのちに篝火の側で腰を下ろしている銀髪の少女の隣に座ると、彼女の頭を撫でた。
「すごいですね……」
 隣から覗き込んだヒスイが水鏡に感嘆の声を漏らした。
「レーヴァテインは、これ」
「これ、ですか」
 リェスが水鏡に映るあるモノを指差し、ヒスイはそれを見つめる。しかし、コハクの反応はなかった。
「――?」
 ヒスイは不思議に思い目を遣る。その彼女は、そちらではなく別の場所を凝視していた。
「……なぁ」
1/8ページ
スキ