Story.11 花雨が包む影、潮風に乗せる想い。
会話も一区切りついたところで、リセは改めて目の前に広がる大海原を見渡した。
「……すごい、大きいね。こんなに沢山の水、どこから来たのかな」
肘をつき、両手に顔を乗せながら感嘆の息を漏らすリセ。
「宗教的な考え方だと……神様が『青』から作ったらしい」
「神様が、『青』から?」
「聖典の神話を信じてる奴らにとってはな」
これでその質問に対しての答えは終わりだったのだが、横を見るとまるで絵本を読み聞かせしてやる前の子供のような表情をしたリセがいた。
仕方ない、と、少し話すことにするハール。
「オレもそんなに詳しい訳じゃないから、簡単にな。……この世界は『色』から創られたんだと」
「『色』?」
「そう、『色』。大昔、世界は白しかなかった。でもある日、『色』の雨が降った。この『色』ってのは今で言う『魔力』らしい。で、その『色』から最初に生まれた生命ってのがヴァルファルズっていう神様。信仰している奴らからしたら一番偉いのがこれ」
「どうやって生まれたの?」
「確か色んな色が混ざって黒ができて、黒ってそれ以上色を混ぜても黒にしかならねぇだろ? なのに色の雨が注がれ続けて、溢れ出した色がやがて生命になった……とかだった気がする。他にもたくさん神がいて、色々な話もあるんだけど……オレも細かくは知らないし、長くなるから割愛。こういう話はイズムのが詳しいだろうから、興味があるなら今度訊いてみ」
「イズム君、信者さんなの?」
「いや、アイツはそういうのまったく信じてねぇよ。でも知識だけはある」
「ふーん……」
信じていないのに知識があるというのも不思議な話だ。それとも自分は『学校』というものをよく知らないが、そこでは信者でなくとも教わる事柄なのだろうか。今度訊いてみようかな、と思いつつリセは視線を海に戻す。
「……あ、船だ!」
子供のように目をきらきらさせると、じっとその動きを目で追う。アリエタの港から出た船なのだろう、だんだんと小さくなっていき、やがてそれは白波の尾を引いて水平線の向こうへと消えて行った。
「……海の向こうには、何があるの?」
船が見えなくなると、リセはハールの方を向いた。
「そりゃ……別の大陸だろ」
「じゃああの船も、他の大陸の、他の国に行くんだね!」
そして今度は別の船を指差して言う。
「多分。リネリスと交易してる国って、結構少ないんだけどな」
「でも船、たくさんあるよ? なんで?」
遠くに見える港には多くの白い点が波間に揺れていた。それらは全て停泊している船だろう。
「……他の大陸の港町よりは少ないんじゃないかと思うけどな。魔法って身近なものだろ? リィースメィルの外の世界では、かなり珍しいものらしい」
「え……魔法、ないの?」
「あるところにはある。ただ、魔法が存在する地域は相当少ないって話。リネリスはそういう国としか交易したがらない。でも一応魔法があるよしみで東にある島国とは昔から付き合いがある。厳密には魔法とは違うらしいけど……確か、“コトダマ”? よく知らねぇけど」
「どうして魔法があるところとしか関わらないの?」
「さあな。リネリスのお偉いさんの考えだから正しいことは分からない。ただ外とは極力関わり合いになりたくないんじゃねぇの? 魔法がない代わりに、リィースメィルの魔法とは比べものにならないぐらいすげぇ技術があるって噂だし」
リセのなかで、ハールの説明とリネリスが他国と交易をしたがらない理由が繋がらない。魔法が在る無いで関わり合いの有無まで決まるというのは、それは、果たして――……
「……どういうこと」
「下手に情報を漏らしてこっちの魔法より上の技術を持ち出されて、侵略でもされたらどうする」
ふと、リセが驚きと不安の入り混じった表情をしていることに気付くハール。
「……そんな顔すんな。全部ただの想像」
安心させるように微笑する。せっかくの美しい海景を前に、少し物騒な話をしてしまった。すべては単なる自分の想像であり、そうであるという確証はない。リセはその言葉に安堵の吐息をつくと、今度はハール自身の事柄へと質問を向けた。
「ハール、国同士の色々とか……興味ある人なの?」
国同士の色々とは、リセなりに政治や外交を指しているのだろう。
「……別に、ねぇよ」
ハールは無表情で言う。その横顔は何か遠くにあるものを見つめているようであったが、すぐに視線を落とす。
それはまるで、何かから目を背けたように見えた。
「ああいう奴らの考えることなんて……分かんねぇよ」
そして微かに目を細める。リセは何かを感じたのか、それ以上問うことはなかった。
「ふーん……でも、いつか、行ってみたいなぁ……」
他の大陸、そう続けて、想いを馳せるように海を見つめる。
しかし間もなくすると、今まで両肘をついて顎を支えていたのを止めてぱっとその腕を下ろし、ハールを見上げた。
「ね、ハール、海岸降りてみたい!」