Story.11 花雨が包む影、潮風に乗せる想い。

 二人で道を引き返す。先刻彼女が気にしていたのは、装飾品屋であった。立て掛けた板に釘を打ってそこに品物を掛けたり、引いた布の上に並べただけの簡素な店である。商品は木製の指輪や、勾玉やビーズに麻紐を通したペンダント、ブレスレットなどといった素朴な雰囲気のものだった。
「あのね、ああいう民芸品って感じの好きなんだぁ。人の手で作った跡までステキなんだもん。それが……何だかあったかくて好きなの。あ、でも逆にキラキラで、人が作ったなんて信じられないって精巧なものも勿論好き! 人が作ったのにその手の存在を掻き消すぐらいの技術! 職人さん、本当に尊敬しちゃうよ」
 話していくうちにだんだんと彼女の表情が明るくなってゆく。その横顔はとても生き生きとしていた。
「あそこの他にもああいうお店いくつかあったけど、すごく見たかったの」
 ふわり、と彼女が微笑う。
 それはいつもの溌剌とした笑みでは無く、何処か照れたような甘い微笑み。
「――そう、だったんですか」
 初めて見る彼女の表情に驚いたのか何なのか自分でも良く分からなかったが、反射的にフレイアの顔から視線を外す。すると彼女の首から下がるペンダントが目に入った。
「そういえば、今付けているのは……」
「うん、勾玉」
 あまり距離は無かったので、目的の場所にはすぐに着いた。店の前に行くとフレイアはしゃがみ込み、笑顔で店主のお婆さんに声をかける。
「すみませーん、見てくだけでもいいですかー?」
 先程の表情とは一転、明るい笑顔を纏うフレイア。しかし今さっきまで素顔に触れていたイズムには、この一見快活な笑みが例の糖衣であることが分かった。別に保身を求められる相手ではないだろうに、それでもしてしまうのはその行動が身体の深くにまで染み込んでいるからなのだろう。
(まったく、難儀な方ですねぇ……)
 苦笑すると、見物する彼女の邪魔にならないよう一歩後ろに下がった。
「随分と堂々とした冷やかしだねぇ」
 開口一番で買う気が無いと明言した客に若干呆れ顔の老女であったが、その潔さ故かそれ以上は何も言わなかった。
「ふふー、あ、このピンク色の可愛いー」
 丸いピンク色の石に穴を開け、濃淡交互に編みこんだブレスレットを指差す。店主は最初に見るだけと宣言されたからか元々の性格なのか、商品を説明するでもなくフレイアを眺めていたが、ある点でふと視線が止まり、微かに目を見開いた。
「お嬢ちゃん、もしかして首にかけているのは本物の……」
「あ、はい。翡翠です」
 フレイアは商品から視線を老女へ上げると、指で翠色の勾玉を摘んで答えた。
「いや、それもそうなんだけどね……私の目が正しければ、それは実際に鬼族が百年戦争より前の時代に使っていたアンティークじゃないのかい」
 このような系統のモチーフやファッションは鬼族の民族衣装や生活品が元となっている。そして百年戦争より以前、実際に彼らが使っていた本物はアンティークとして高値で取引されており、コレクターの間では人気が高い。
「良かったら、売ってくれないかねぇ」
 その申し出に苦笑を浮かべると、フレイアは老女の眼差しから守るように、勾玉を両手で包む。
「すみません、コレは……駄目なんです」
 老女は一瞬だけイズムに目を遣ったが、すぐにフレイアへ視線を戻した。
「恋人からかい?」
「……ち、違います!“あいつ”は……そんなんじゃ」
 頬を赤らめ両手をあわあわと振って否定するフレイア。しかし女店主にとってそこはあまり重要ではなかったらしく、それ以上の追求はしなかった。だがやはり未練は残るらしく目はペンダントに向けられたままだった。
「惜しいねぇ。やっぱり味があるよ、この店の観光客向きのレプリカとは光が違うね」
「あ、やっぱり。これ、模様とか良く似せてありますけど、みんな天然石じゃないですよね? 色を付けた硝子に模様を入れたり、表面を曇らせたりしてる」
 彼女がレプリカと口にしたことでこちらもそれについて言及して良いと判断し、フレイアは先程のブレスレットを初めとした商品を指差す。
「良くわかったね」
「割と宝石を目にする機会が多かったもので」
 その後二言三言言葉を交わすとフレイアは満足したようで店主に礼を言い、後ろに立つイズムの方へ身体を向けた。
「もういいんですか?」
「うん、ありがとう」
 思っていたより早めに切り上げたので、かなり時間が余ってしまった。特に目的地も無く二人は波音と賑やかな声の中を歩いていく。
 フレイアはそれらを聞きながら、先刻の店に思いを巡らせていた。
 中には気付かない者もいるかもしれないが、あれが天然石ではないというのは店と客、お互い暗黙の了解の上での商売なのだろう。観光地ではよくあることだ。例えばここで買う品の価値とは、『アリエタに行った記念』なのであり、その地での思い出を形として残すのは、高級品である必要はないのだ。

(……コレが、アンティークだから大切でないのと)

 ――……同じだ。

「誰かから贈られたんですか?」
「え?」
 思考に没していたので、突然かけられた言葉に少し裏返った声を上げてしまった。
「ご、ごめん。なに?」
 彼を見上げて訊き返す。「そのペンダント、誰かから贈られたのかと」
「あ……」
「先程、“あいつ”と仰しゃってましたから」
 ふと、無意識の内にペンダントを強く握り締めていたことに気付く。
 しかしすぐ何かを振り切るようにその手を下ろすと、フレイアは質問には答えず、ただ微笑した。
「……ね、まだ約束の時間まで結構あるし…」
 
 ――……少しだけ、寂しさを香らせて。

「ちょっとお話しようよ」
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