Story.10 幕間

「それじゃあお仕事の内容ね」
 リェスは床まで届くドレスの下のブーツを鳴らし、四人の真ん中を通ると彼らの前に立つ。くるりと振り返れば、葡萄酒色のドレスがふわりと仄闇に溶けるように広がった。窓から届く月明かりの逆光は、肩で切り揃えられた薄桃花の髪を煌めかせる。
「簡単にいうと、このままだと――……」 
 こちらを向いた月光に浮かぶ美少女は、花弁のような唇に、言の葉を乗せた。


「――……世界がメツボウしちゃいますっ」

 
 文字通り花が咲き誇るかのような笑みで、彼女は言った。そしてその後、「かもしれないっ」と付け足した。 
 ワインレッドの裾を揺らして、一歩二歩と、何を言い出すんだと呆気にとられているコハクとヒスイに近づく。
「『レーヴァテイン』って、知ってる?」
 両手を後ろに回して、彼女は二人を見上げる。しかし、彼らはその質問に、互いの顔を見合わせることしかできなかった。その意味を理解すると、リェスはメノウに目を遣る。
「それは……聖典に出てくる、神が創造した剣のこと……と記憶しておりますが」
 今度は自分に回答を求めていると受け止め、静かな思慮深い声が紡がれた。その内容に、リェスは満足げに頷く。
「うん、メノウちゃん八割方正解」
 何故彼女は、ただ言葉を発するだけで、こんなにも愛らしいと感じさせるのだろうか。ここまでくると、もはや芸術品と言わざるをえない。その生きた人形のような少女は、穏やかに話を続ける。
「確かに、レーヴァテインは神話に出てくる武器のことだね」
 メノウに向けていた笑顔を、今度はヒスイへと送る。
「突然ですが――……神話は事実と虚実の集合体っ」 近距離で微笑まれたことに、こんな状況だが色々な感情の葛藤の末、目を逸らす。彼女の容姿であれば、女性とて同じ行動をとっていた者も多いだろう。
「簡単に言っちゃえば、『事実をもとにした』お伽話ってコト」
 リェスは分かっているのか気付いていないのか、特に反応を返さず、説明を続行する。
「『レーヴァテイン』っていう魔法具があることは、そのお伽話に紛れている事実の一つ」
 昔々、レーヴァテインというすごい剣がありました、と続けた。
「……でもね、大体の解釈は剣だけど、たまに杖って解釈になってる文献もあるの。どういう意味だか分かる?」
 これにはメノウも答えられないらしく、閉口する。コハクとヒスイなどは一つ前の質問ですら回答できなかったので、当然のごとく黙っているしかない。静寂に満たされること、数秒。
 一人距離をとった場所で壁に背を預けていたオニキスは、興味なさげにその紅い瞳を伏せた。

「『転生』」

 さらっと言い遂げるリェスに、「本気で仰っているのですか」とでも言いたげに、驚きを隠さないメノウ。
「いくら強力な魔法具とはいえ、物質的な耐久性には限度があるの。壊れることだって勿論あるんだよ? でもレーヴァテインはその度に形を変えてまた世界の何処かに現れる」
「まさか……! 本当に神が創ったと……」
「んー……それは分からないなぁ。でも、それが出来る程ものすごい、または特殊な魔力を秘めてる魔法具だってことは確か」
 聴いていて内容は理解できるが、筋道立てで話しているような、そうでないような。どこかふわふわとした話し方であった。何かが噛み合わない……異物感…どれとも違う、《違和感》。
 だがその違和感の根元が、見つからない。
「どういう経緯で手に入れたかは分からないけれど――……それを今、持っている人間が居る」
 コハクは違和感を覚えて続けながら話に耳を傾ける。先程治療してもらったときにも感じた何かが、ここでも色濃く存在している。
「今はまだ何の変化もないけど、いつなにが起こるか分からない……未知の強大な力を秘めてるモノなんて、危ないでしょ? アレは、此処で保管しなくちゃ、いけない。もう二度と転生出来ないように封印する」 世界の滅亡などとは些か言い過ぎのような気もするが、魔力の使役方法こそ公に知れ渡っているものの、それの存在自体は未だにブラックボックスのままである。
 要は何が起こるか分からない、“何が起こってもおかしくない”。
 神が創造した云々は別に考えるとしても、事実転生が出来るほどの魔力を秘めているが故に、考えられる最悪の事態を例に挙げたということだろう。
「――……それは私にしかできない」
 そしてその“未曾有の事態”は、彼女がそれを封印することによって解決する。
「あの人達が渡してくれればそれでいいの。ただ……」
 三日月を背景に、長い睫を伏せて両手を組み、慈愛を湛えた姿は、まさに天使。
「『そうじゃなかった時』、は」
 目をゆっくりと開いたそこに在るものは、慈しみに潤んだ碧の瞳。
「……『多少手荒なことをしてもいい』から」
 コハクは無意識のうちに呼吸を忘れていたことに気付き、息を吸う。
 ある予感――……否、もうすぐ事実になるであろう仮説に、心臓が早鐘を打っている。
 隣に居るヒスイも何かに感付いたようで、はっと息を呑むのが感じられた。
「この意味、理解るよね?」
 つまり彼女は、天使の笑みでこう言っているのだ。

 ――……『殺してでも、奪ってこい』、と。

 確かに、今の話が本当であるならそれも理解はできる。できる、が――……。
「しかしリェス様、今まで私はそのようなこ――……まさか今朝の……!」
 口を開いた彼女を目で制す。
 ――絶えず凜とした態度を崩さなかった彼女の肩が、びくりと震えた。
 睨んだわけでもない、悪意といった類のモノも、一切感じられない。だが、迫力、冷徹さ、荘厳さをも凌駕する、年老いた者より厳かで、若者より聡い、言葉には言い表せない何かがその目には宿っていた。
「質問は許可しません」
 そして変わらぬ、極上の笑みで。

「それじゃあ――……」
 
 ――……口元に浮かぶのは、儚い微笑。


To the next story……

up:2009.11.4
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