Story.1 白の狂気

「……やっぱ七、か」
 その影――、一番近くに降り立とうとしたそれを、ハールは左手に握る剣で凪ぎ払う。もう慣れてしまった肉を断ち切る感覚。けして気分のよいものではないのだが、こっちも生命がかかっているのだ。仕掛けて来たのもそちらからな訳だし、慈悲をかける必要もない。何しろ相手は――――

『グル……ァッ!』

 狼のような容貌だが、明らかにそれと違うのは尾が二股に分かれている所である『魔物』は、一頭が斬られたことに怯んだらしく一旦動きを止めた。しかし、餓えた獣特有の血走り殺気を含んだ眼は、二人から逸らさない。

 殺伐とした短時間の空白――――

 微かに空気が動いた。
「――来るぞ」
「――っ、……」

 次の瞬間には、魔物が疾駆していた。ハールは目の前で牙を剥いた一頭の喉を素早く斬る。断末魔の嫌な聲。これだけは何度聞いても嫌悪感を隠せない。首を落とさなかったのは、少女が近くにいるという配慮からだった。
「……きゃっ!」
 気付くと、魔物でも分かるらしい『弱い方』に一頭が飛びかかろうとしていた。身体を反転させて横凪ぎに斬り屠る。刄から玉のような赤が滑り落ち、地面に滴った。

 ぴしゃリ。

 生暖かい水が、彼女の頬に一滴。

 どくんっ、

 もう、心臓が壊れてしまうのではないだろうか。鼓動する度に、痛い、痛い。

 どくんっ、

 斬られた瞬間の、『生き物』が『肉片』になる一瞬がフラッシュバック。

 顔についた水が『血』だという事に、今気付いた。
その時――――。

「あッ……!?」

 身体の奥から、燃え盛るモノが溢れたのを感じた。それは、今まで抑えていた鍵が壊れて、抑制の効かないモノが波のように押し寄せる感覚。
 熱く、熱く、身体全体を満たしていく。侵食していく熱はやがて視界を奪い――……

 ――――白いヒカリで、埋めつくされて。

 意識は、そこで途切れた。
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