Story.10 幕間


 談笑と芳醇なアルコールの薫りが、温かみのある飴色のランプで照らされた空間。特別狭くも無く広くもない、昼間は軽食屋なんぞとしても営業している、ごくごく普通の酒場。それがここ。現在は後者としての営み真っ只中だ。
 今夜も特に際立ったこともなく、馴染みの顔がちらほら居たり、何軒も梯子をしたのか、注文してもいないのに既にできあがっているような客で店内はざわついていた。
「お待たせしましたー」
 コハクは客のテーブルの前まで来ると、小首を傾げてにっこりと笑う。媚びる訳でもない、快活な笑み。それを彩る豊かに波打つ髪はローズピンク。緩くウェーブのかかったツーサイドアップが揺れた。
 彼女の到着が遅くなったにもかかわらず、特に文句も言わずに慣れた様子で笑みを返す客。四十代半ば程の、まだまだ働き盛りといった容貌の男三人組だ。
「おー、こんばんはコハクちゃん! 今日も可愛いねぇ」
「またまた当たり前のことをー。まぁ? 旦那たちもそれなりにイケてるで?」 全体客に言うような言葉ではない気がするのだが、彼らは声を上げて笑う。
「やっぱコハクちゃんに会わないと一日の仕事が終わった感じしないよなー、なぁ?」
「だな、なんかコハクちゃんの言葉遣い……っつーのか、方言? 落ち着くんだよな。響きが」
「アレだろ? 『鬼族』の訛り。……だったよなコハクちゃん?」
「せや!」
 コハクは常連である男の内の一人の言葉に、ウェイトレスのカチューシャを『その下にあるもの』がよく見えるよう外す。
「これこそ希少種族『鬼族』の確固たる証拠や。訛りと――……この『角』! ま、現在(いま)となっちゃこんなモンやけどな」
 彼女の頭には、左右に一本ずつ、小さな『角』が生えていた。右手の親指と人差し指を片方の角に当て、サイズを計る仕草をする。確かに、角とは言っても尖ってはおらず三角形の先端は緩やかにカーブし、親指の先程の長さしかなかった。これほどのものなら、少し変わったアクセサリーに見えなくもない。注意しなければ気付かれないだろう。
「ご先祖様にはもっと大きくて立派なのが生えてたんかもしれへんけどなー」
 コハクはカチューシャを頭に戻すと、悪戯っぽく笑って続けた。
「ま、そんなんあったら不便やけどな、ドアにつっかかるわー」
「それもそうだな」
「それにそのくらいの方が似合ってる」
 するとコハクは笑って男の肩をぱしっと叩く。彼は「痛っ」と言ったものの大してそうは見えず、楽しげな笑みが浮かんでいるだけであった。
「またそうやってウチのコト口説こうとー! 旦那妻子持ちやんー、それにこのぴっちぴちの十八歳のコハクちゃんに手ぇ出したら流石に犯罪や!」
 頬に両手を当て、わざとらしくポーズををとってみせるコハク。
「俺もそこまで身の程知らずじゃないさ! じゃあうちの息子ならどうだ? 同い歳! それこそ旦那にでも」
 今度は存外本気な申し入れのようだった。だがコハクは自分の顔の前で手をひらひらと振ってみせる。
「いやー、ウチなんか嫁はんに貰てもええコトないで?」
「お? コハクちゃんにしてはまた謙虚な」
 いつも自信に満ち溢れている彼女が珍しく謙遜の態度を取ったので、どういう風の吹き回しだと顔を見合わせる三人。
「ウチがあまりに美少女過ぎて他の輩にナンパされてへんかとか気になって仕事が手ぇ付かへんようなる」
 だが、やはりコハクであった。
 彼らは店に入って何度目か分からないが、声をあげて笑った。
「美貌って罪やわー」
 すがすがしいまでに自分を褒めているが、嫌味にならないのが、コハク持ち前の、明るく飾らない性分のなせる技であった。それに伴う容姿を持っていたのもまた事実であったのだが。
 そんなこんなで、彼女の働く店は、今夜も居心地の良い暖かさと親しみで溢れているのであった。
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