Story.1 白の狂気
「……ここまではいいか?」
ハールはリィースメィルの歴史を、まるで教科書を音読しているかのようにスラスラと語る。ふと横を見ると、少女は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「えぇと、ここはリネリスで、グレムアラウドっていうのが、魔族の国」
少女は頭の中を整理し、確認するようにゆっくりと言う。内容的にはそれ程難しくはない筈なのだが、一気に言われると飲み込みにくいのだろう。
「戦争を起こしたのがリネリスで、勝ったのもリネリス……って、あれ、魔物は?」
「あと少し先」
「ふおー……」
少しばかり機械的に説明しすぎたかとハールは思ったが、何となく理解していそうだったのでそのまま進めることにする。
「じゃ、続きだな」
「ふおぉ……」
内容が複雑になる予感に少女が若干身構えた。――その時。
――どくんッ
「……――、ッ!?」
弾けたのかと錯覚する程、心臓が大きく脈打った。
「それで、今度はグレムアラウドが――」
突然の不穏な脈動に驚きはしたものの、とにかく、今はハールの話を聞くことに専念する。
自分の左胸に手を当てると、鼓動は駆ける悍馬の蹄音の如く、早く、大きくなっていた。
彼女が抱く不安を体現するように、木々がざわめく。
――ガサ、
(あれ、でも……)
ハールの説明する声が途切れた。そして肌に触れる空気が動いた気配はないことに気付く。
――風では、ない?
――ガサッ、
「……!」
なおも続く木葉が重なり擦れる不自然な音。少女がハールに目を向けると、彼の表情は緊張を孕んだものになっていた。
「……七頭」
「え……?」
ハールが呟いた内容の意味が分からなかったことと、異質な森のざわめきがもたらす不安から眉をひそめる少女。
――そして先程から治まることなく更に大きくなる鼓動も無視することはできず、無意識のうちに胸を押さえる。
「いつもは火焚いておけばわりと大丈夫なんだけどな――」
ハールが腰に下がる半球の紅玉に触れると、それは光を内に灯した。そしてその光から何かを引き抜くような動作をすると、長く伸びた紅い光は一瞬で“何か”を形成する。
何か――適度な長さの柄と鋭く且つ優美な銀が溶けあった無駄の一切ない刄は、月光を反射し鋭利な光を放つ。それは、極東の島国独自の伝統的な武器である『カタナ』に似ていた。
その紅玉は先程彼女が綺麗だと言ったもの。これは一体何かとか、どうやって中に納まっていたのかといった疑問が浮かびこそすれど、実際に口に出すような余裕は到底持ちえなかった。
「よりによって一人じゃない時にってどういうことだよ……オレが説明するまでもなかったな」
「……え?」
反射的に一歩ハールに近付く。
「――『魔物』」
鼓動が、止まらない。どきどきするとか、そういった生易しいモノじゃない。それは心臓が、胸を突き破って出てきそうなほど。
――そして、身体が熱い。まるで、焔がなかで激しく燃えて、はぜているように。
「……――、っ」
明らかに異常な体調の変化に肘を抱く。冷汗が、一筋頬を伝っていった。
「絶対、離れるなよ」
こちらに背中を向けるハールは、そんな彼女の容態に気付かない。
「……っ――ん」
何とか、返事をする。こんなことになるのなら、まだ症状が軽いうちにハールに言っておくべきだったかもしれない――――
頭が、痛い。クラクラする。
目眩がひどい。目の前が霞む。
(なんで、どうしてこんな急に――)
しかし、そんなこと今更だ。今は言える状況ではない。
茂みの向こうに息を潜める『何か』と対峙するハール。
自分のなかで、突然暴れ始めた熱い『何か』に恐怖する少女。
――そんな双方に、咆哮と共に黒い影が無数、飛び掛ってきた。
ハールはリィースメィルの歴史を、まるで教科書を音読しているかのようにスラスラと語る。ふと横を見ると、少女は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「えぇと、ここはリネリスで、グレムアラウドっていうのが、魔族の国」
少女は頭の中を整理し、確認するようにゆっくりと言う。内容的にはそれ程難しくはない筈なのだが、一気に言われると飲み込みにくいのだろう。
「戦争を起こしたのがリネリスで、勝ったのもリネリス……って、あれ、魔物は?」
「あと少し先」
「ふおー……」
少しばかり機械的に説明しすぎたかとハールは思ったが、何となく理解していそうだったのでそのまま進めることにする。
「じゃ、続きだな」
「ふおぉ……」
内容が複雑になる予感に少女が若干身構えた。――その時。
――どくんッ
「……――、ッ!?」
弾けたのかと錯覚する程、心臓が大きく脈打った。
「それで、今度はグレムアラウドが――」
突然の不穏な脈動に驚きはしたものの、とにかく、今はハールの話を聞くことに専念する。
自分の左胸に手を当てると、鼓動は駆ける悍馬の蹄音の如く、早く、大きくなっていた。
彼女が抱く不安を体現するように、木々がざわめく。
――ガサ、
(あれ、でも……)
ハールの説明する声が途切れた。そして肌に触れる空気が動いた気配はないことに気付く。
――風では、ない?
――ガサッ、
「……!」
なおも続く木葉が重なり擦れる不自然な音。少女がハールに目を向けると、彼の表情は緊張を孕んだものになっていた。
「……七頭」
「え……?」
ハールが呟いた内容の意味が分からなかったことと、異質な森のざわめきがもたらす不安から眉をひそめる少女。
――そして先程から治まることなく更に大きくなる鼓動も無視することはできず、無意識のうちに胸を押さえる。
「いつもは火焚いておけばわりと大丈夫なんだけどな――」
ハールが腰に下がる半球の紅玉に触れると、それは光を内に灯した。そしてその光から何かを引き抜くような動作をすると、長く伸びた紅い光は一瞬で“何か”を形成する。
何か――適度な長さの柄と鋭く且つ優美な銀が溶けあった無駄の一切ない刄は、月光を反射し鋭利な光を放つ。それは、極東の島国独自の伝統的な武器である『カタナ』に似ていた。
その紅玉は先程彼女が綺麗だと言ったもの。これは一体何かとか、どうやって中に納まっていたのかといった疑問が浮かびこそすれど、実際に口に出すような余裕は到底持ちえなかった。
「よりによって一人じゃない時にってどういうことだよ……オレが説明するまでもなかったな」
「……え?」
反射的に一歩ハールに近付く。
「――『魔物』」
鼓動が、止まらない。どきどきするとか、そういった生易しいモノじゃない。それは心臓が、胸を突き破って出てきそうなほど。
――そして、身体が熱い。まるで、焔がなかで激しく燃えて、はぜているように。
「……――、っ」
明らかに異常な体調の変化に肘を抱く。冷汗が、一筋頬を伝っていった。
「絶対、離れるなよ」
こちらに背中を向けるハールは、そんな彼女の容態に気付かない。
「……っ――ん」
何とか、返事をする。こんなことになるのなら、まだ症状が軽いうちにハールに言っておくべきだったかもしれない――――
頭が、痛い。クラクラする。
目眩がひどい。目の前が霞む。
(なんで、どうしてこんな急に――)
しかし、そんなこと今更だ。今は言える状況ではない。
茂みの向こうに息を潜める『何か』と対峙するハール。
自分のなかで、突然暴れ始めた熱い『何か』に恐怖する少女。
――そんな双方に、咆哮と共に黒い影が無数、飛び掛ってきた。