Story.9 sugarcoat
†
――……さて、今日の朝食は、何にしよう。
翌朝、イズムはいつものように一番早く起床し、今朝の朝食をどうしようかと、余っていたはずのもののリストを頭に描いていた。確か、残っている食材は、ライ麦パンの塊と、チーズ、ベーコン、野菜が少々。これだけ少ないと、選べる料理の幅も限定されてくる訳で。
「……ベーコンチーズトースト乗せ」
シンプル・イズ・ベスト。
断じて、断じて手抜きなどではない(と、思う)。というか、楽だ。 楽で美味しいなら、それが一番だ。無駄に手間をかける必要はない。そうと決まればさっさと始めよう。
ふと、そこで気付く。食糧、調理器具はリセの帽子の携帯水晶だ、と。
彼女が寝ている方向に視線を向ける。
「……」
少し、頬が緩んでしまったかもしれない。それ程、平穏な光景だった。
リセが木に背中を預けて座ったまま寝、その膝に頭を乗せて、フレイアが寝息を立てている。――早い話が、膝枕。
そして肝心の帽子は、リセの右手辺りに置かれていた。起こさないように、少し借りるとしよう。
と、思ったその時、うっすらと蒼い瞳が開いた。金色の睫毛で縁取られたそれは、数秒間微睡みに揺れていたが、イズムを認めた瞬間、その蒼に陽光を映した。それに気付いた彼は、いつものように柔らかな笑みを向ける。
「おはようございます」
フレイアはリセを起こさないよう振動を出来る限り彼女に伝えずに慎重に起き上がると、イズムの方へと歩いていく。
「……おはよう」
隣に行き着くと、自分よりはかなり身長の高い彼を見上げる。
「……朝食、作るの?」
「はい、そろそろ皆さん起き出す頃だと思いますので」
そっか、と小さく答える。
「あの、さ……」
それから先の言葉をすぐに声にしようとはせず――否、すぐにはできなかったのか、視線を地面へ落とし、黙り込む。
今空間を満たしているのは、張り詰めた月光ではなく、静かに包み込むような、朝陽。
朝の澄んだ空気に流れる静寂。たった数秒だったが密度の高いそれは、意を決した彼女の小さく息を吸う音に震えた。
「あの……手伝って、いい?」
ゆっくりと、顔をあげて。その表情に特別な色は無い。特別には、ないが――……感じる、透明な、あたたかい、何か。
意外な申し出に、少し目を見開く。こちらの微かな表情の変化に気付き、答えを待っていた少女は、何処か緊張しているように見えた。
――……緊張などする必要が、何処にあるというのか。
「はい」
穏やかな、笑みを落として。
何処かで、鳥がさえずっていた。
†
――――目の前の、この黒い物体は何だろう。
「あー……」
それが、ハールの感想と第一声だった。そしてその後こう続いたであろう言葉を、リセが代弁する。
「……これは、何の料理(?)かなぁ、なんて……」
たった今渡されたモノを見、それを手渡した当人である少女に訊く。
「えー……。元ベーコンと元チーズ黒焦げ風・香ばしく焼き過ぎたパンに乗せて…………かな?」
――――何故疑問系で言うのでしょうか、フレイア・シャルロットさん。
とりあえず、恐らく、多分、きっと……『炭の塊が乗った皿』で間違いないと思うのだが。というか、香ばしいにも程がある。この黒焦げの物体はベーコンとチーズだったというのか。俄かには信じ難い。これにはさすがのリセもどう言葉を添えていいものか分かりかねるようで、閉口している。
今は朝食な訳で。そんな時に何かを乗った皿を渡されたら、状況から推測するに、とりあえず、恐らく、(以下略)料理であると思われたので『料理』――疑問符付きだが――と呼んでみたのだが。あくまで呼んでみただけなのだが。別に、そうだと思った訳ではない。本当に呼んでみただけである。本当に。
「フレイアさん作、人間は炭を食べられるのかという長年の疑問を解消するべく考えられた一皿です」
「もっとマシな嘘つけねぇのか」
これは既に、『料理は苦手ですっ』で片付けられる範疇を裕に三千里は超えている。この食材たち――かどうかは今は既に証明する手段はないが――は焼いたというより、燃やしたに近い料理法が取られたのではないだろうか。
「いえ、あの的確に材料を炭へと変えていく手際の良さはそういった目的があるとしか思えなくてですね……」
もはや本気で言っているのではと疑わざるを得ない真剣な光を宿した瞳で説明するイズム。冗談に聞こえない。少々失敗した程度であれば彼が手直ししてどうにか食べられるようにはなったかもしれないが、さすがのイズムも炭をどうこうしようという気はないらしい。
「……フレイア、そうなの?」
……その場の静寂――ではなくただ誰も言葉が出なかっただけ――を、真剣に受け止めた天然がいた。
「うん、リセのそういうとこ大好き」
「ふぉ!? 私今告白された!」
自分を指差しあわあわするリセ。そんな彼女に笑いを堪えるイズムと、
「とりあえず朝から漫才はやめてくれ……」
掌で額を押さえてうなだれるしかないハールの様子に、あはは、と笑うフレイア。
「あれ? 本気なんだけどなぁー」
朝日に映る笑顔が弾ける。
……――――大好き。
言えるようになった自分は、取り戻したのか、得たのか、どちらなのかは、分からないけれど。
本心を隠して上辺を飾る、甘いだけの脆い鎧は、もう要らない。
それだけは確かで。
「アタシ、みんなのことだいすきだよ?」
少しだけ変わった、いつもの朝があった。
――……さて、今日の朝食は、何にしよう。
翌朝、イズムはいつものように一番早く起床し、今朝の朝食をどうしようかと、余っていたはずのもののリストを頭に描いていた。確か、残っている食材は、ライ麦パンの塊と、チーズ、ベーコン、野菜が少々。これだけ少ないと、選べる料理の幅も限定されてくる訳で。
「……ベーコンチーズトースト乗せ」
シンプル・イズ・ベスト。
断じて、断じて手抜きなどではない(と、思う)。というか、楽だ。 楽で美味しいなら、それが一番だ。無駄に手間をかける必要はない。そうと決まればさっさと始めよう。
ふと、そこで気付く。食糧、調理器具はリセの帽子の携帯水晶だ、と。
彼女が寝ている方向に視線を向ける。
「……」
少し、頬が緩んでしまったかもしれない。それ程、平穏な光景だった。
リセが木に背中を預けて座ったまま寝、その膝に頭を乗せて、フレイアが寝息を立てている。――早い話が、膝枕。
そして肝心の帽子は、リセの右手辺りに置かれていた。起こさないように、少し借りるとしよう。
と、思ったその時、うっすらと蒼い瞳が開いた。金色の睫毛で縁取られたそれは、数秒間微睡みに揺れていたが、イズムを認めた瞬間、その蒼に陽光を映した。それに気付いた彼は、いつものように柔らかな笑みを向ける。
「おはようございます」
フレイアはリセを起こさないよう振動を出来る限り彼女に伝えずに慎重に起き上がると、イズムの方へと歩いていく。
「……おはよう」
隣に行き着くと、自分よりはかなり身長の高い彼を見上げる。
「……朝食、作るの?」
「はい、そろそろ皆さん起き出す頃だと思いますので」
そっか、と小さく答える。
「あの、さ……」
それから先の言葉をすぐに声にしようとはせず――否、すぐにはできなかったのか、視線を地面へ落とし、黙り込む。
今空間を満たしているのは、張り詰めた月光ではなく、静かに包み込むような、朝陽。
朝の澄んだ空気に流れる静寂。たった数秒だったが密度の高いそれは、意を決した彼女の小さく息を吸う音に震えた。
「あの……手伝って、いい?」
ゆっくりと、顔をあげて。その表情に特別な色は無い。特別には、ないが――……感じる、透明な、あたたかい、何か。
意外な申し出に、少し目を見開く。こちらの微かな表情の変化に気付き、答えを待っていた少女は、何処か緊張しているように見えた。
――……緊張などする必要が、何処にあるというのか。
「はい」
穏やかな、笑みを落として。
何処かで、鳥がさえずっていた。
†
――――目の前の、この黒い物体は何だろう。
「あー……」
それが、ハールの感想と第一声だった。そしてその後こう続いたであろう言葉を、リセが代弁する。
「……これは、何の料理(?)かなぁ、なんて……」
たった今渡されたモノを見、それを手渡した当人である少女に訊く。
「えー……。元ベーコンと元チーズ黒焦げ風・香ばしく焼き過ぎたパンに乗せて…………かな?」
――――何故疑問系で言うのでしょうか、フレイア・シャルロットさん。
とりあえず、恐らく、多分、きっと……『炭の塊が乗った皿』で間違いないと思うのだが。というか、香ばしいにも程がある。この黒焦げの物体はベーコンとチーズだったというのか。俄かには信じ難い。これにはさすがのリセもどう言葉を添えていいものか分かりかねるようで、閉口している。
今は朝食な訳で。そんな時に何かを乗った皿を渡されたら、状況から推測するに、とりあえず、恐らく、(以下略)料理であると思われたので『料理』――疑問符付きだが――と呼んでみたのだが。あくまで呼んでみただけなのだが。別に、そうだと思った訳ではない。本当に呼んでみただけである。本当に。
「フレイアさん作、人間は炭を食べられるのかという長年の疑問を解消するべく考えられた一皿です」
「もっとマシな嘘つけねぇのか」
これは既に、『料理は苦手ですっ』で片付けられる範疇を裕に三千里は超えている。この食材たち――かどうかは今は既に証明する手段はないが――は焼いたというより、燃やしたに近い料理法が取られたのではないだろうか。
「いえ、あの的確に材料を炭へと変えていく手際の良さはそういった目的があるとしか思えなくてですね……」
もはや本気で言っているのではと疑わざるを得ない真剣な光を宿した瞳で説明するイズム。冗談に聞こえない。少々失敗した程度であれば彼が手直ししてどうにか食べられるようにはなったかもしれないが、さすがのイズムも炭をどうこうしようという気はないらしい。
「……フレイア、そうなの?」
……その場の静寂――ではなくただ誰も言葉が出なかっただけ――を、真剣に受け止めた天然がいた。
「うん、リセのそういうとこ大好き」
「ふぉ!? 私今告白された!」
自分を指差しあわあわするリセ。そんな彼女に笑いを堪えるイズムと、
「とりあえず朝から漫才はやめてくれ……」
掌で額を押さえてうなだれるしかないハールの様子に、あはは、と笑うフレイア。
「あれ? 本気なんだけどなぁー」
朝日に映る笑顔が弾ける。
……――――大好き。
言えるようになった自分は、取り戻したのか、得たのか、どちらなのかは、分からないけれど。
本心を隠して上辺を飾る、甘いだけの脆い鎧は、もう要らない。
それだけは確かで。
「アタシ、みんなのことだいすきだよ?」
少しだけ変わった、いつもの朝があった。