Story.9 sugarcoat

「……ど、して?」
「……ッ、」
 ヒュウ、と、崖下で風が嘲笑う音がした。
「……――離しなさいよ!! アンタまで落ちるでしょ!?」
 空中で重力に逆らえない自分の右手を掴んで離さない彼女を怒鳴る。リセの利き手は右だ。今、フレイアの手を握っているのは左手。相当辛いだろう。右手は地面から盛り上がった樹の根を掴み、何とか体重を支えている。これから手を離したなら、数秒と持たずに転落するに違いない。
「……っ」
 離せ、と言うフレイアに、必死に頭(かぶり)を振る。何度か、同じ問答が繰り返された。その回数に比例して、フレイアの声は震え、吊り上げていた眉は下がってゆく。
「何で、よ……」
 悲壮とも取れる表情で、哀しげに瞳は揺れる。その問いに、リセは微笑んだ。
「フレイア……、ッだから……!」
 明らかに無理をして、微笑っていた。本当は苦しいくせに、痛いくせに。
「……っ!」
 直後、笑みは痛々しく歪められた。右手で握る樹の根が食い込み、掌を赤く染めていく。
「ん、ぅ……っ!」
 その状況は見えこそしなかったが、彼女が既に限界を越していることなど、容易に知れた。自身と同じような重量のものを、あの細腕一本で、支えられる訳などないのだ。
「も……リセ、離し……ッ!」
 フレイアが叫んだ、その瞬間――。
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