Story.9 sugarcoat
「……いないね」
まずそれに気付いたのは、リセだった。
「……あぁ」
深夜、夜風の冷たさに眠りを破られ、ふと目を開けると、隣で寝ていたはずの彼女は――――暫く待ってみたものの帰ってくる気配がしなかったので、これは異常な事態だとハールとイズムを起こしたのだった。
「そして……ありませんね」
イズムは感情の読めない瞳で、呟いた。
フレイアが、消えた。それも、忽然と。何の言付けも、置き手紙さえも無く。まるで、最初から居なかったかのように。何も残さずに。
ただ、残してはいかなかったが――――奪っていったものがあった。
「……」
リセは、自らの頭に手を添える。いつもなら伝わるはずの感触が無かった。
ハールが小さく舌打ちをし、右腰に下がっている携帯水晶――――が、あった場所に手を伸ばし、すぐに下ろす。
「ったく、何考えてんだよ……」
時間が経つのに比例して、苛立ちと困惑が募っていく。口に出した言葉は、分かりかけている――――否、既に分かっている答えを、『分かりたくない』と拒絶する自分がいることを改めて自覚させただけだった。分かりたくない、とは、つまりはそれが拒否する逆の状況に置かれている訳で。
「そんなことを言って、本当は分かっているんでしょう?」
それを察している上で、イズムは追い討ちとも取れる言葉を吐く。
「現実から目を背けても、事実に何ら変わりありませんよ。簡単ですよね?」
彼は、現状から断片的な事実を拾い出し、それを淡々と紡いでいく。
「ハールの携帯水晶、リセさんの帽子……まぁ、それより携帯水晶が目的なのでしょうけど」
一つ、溜め息と、繋がった答えを落として。
「フレイアさんは旅人狩だった、そういうことです」
「そんな、イズム君……!」
躊躇無く言い切る彼に、反射的に反論するリセ。
「もしかしたら何かの間違……ッ」
――が、その先の言葉は、潮のようにさあっと喉の奥へと引いていった。温度を感じさせない、全身を廻る血液が凍り付いたかと錯覚する程に冷たい、玄珠の瞳。
「それ以外に、この状況をどう説明するんです? 売ればそれなりの金銭になるものだけが消えた。フレイアさんと共に。彼女が盗んでいったとしか、考えられないでしょう」
「そ、れは……」
目線を彼の顔から外し、口籠る。
「とにかく、昨日の夜から歩いているにしても既に下山しているとは考えにくいです。まだ彼女は、この山の中にいます」
未だ夜とはいえ、既に日付自体は変わっている。自分達が就寝したのはその前で、全員が寝てからすぐに出て行かれたのだとしたら、追い付けないとは言い切れないものの確実に距離は離れているだろう。
「姿を眩ますなら、西側……アリエタ方面に向う方が都合良いと思われます。西部にはアリエタの他にも、首都を始めとして人口の多い町が数多くありますから。もし、その中に紛れ込まれたら……」
「つまりさっさと見つけりゃいいんだろ」
ハールは何かを打ち消すように語気を強めて言う。いざというときには冷静さを欠かない彼の瞳に困惑が滲んでいるのを見て取ると、リセはただ頷くことしかできなかった。
「フレイア……」
呟いた友人の名を掻き消すように、夜風に木々がざわめいた。